ウボンのロウソク祭り
2008/07/13(Sun)
ウボンのロウソク祭り
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ウボンラチャタニと言えば、蝋燭祭りが有名だ。正式名称は、「安居ろうそく行列伝統祭り」と言うらしい。ウボン市行政当局と書いてあるところをみると、地方自治体の公式行事らしい。

どうりで大掛かりな訳だ。今ウボン市内のいたる所で、ろうそく細工や山車の製作が急ピッチで行われている。たいていはお寺の境内を利用して、製作が行われている。

この時期になると、ウボン市内のあちらこちらから焼けたロウの煙と臭いが漂ってくる。祭りの近いことが嗅覚を通して実感できる。街角の商店やセブンイレブンにも奉納用のロウソクが店頭に並ぶ。

こんな感じで製作の真っ最中です
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知人のウボン女性が昼休みを利用して、ロウ細工を作っているお寺の一つに私を車で案内してくれた。外国人ならきっと見たいでしょう、という彼女の温かい申し出に私は二つ返事で承諾した。

みんな熱心かつ楽しそうにロウ細工を作っている。蝋人形や様々なロウ製のオブジェと言っても、全部がロウで出来ている訳ではないようだ。まず骨格や土台となる部分を木や石膏で作る。

そしてその上にロウを塗り固めたり、ロウ細工を貼り付けたりして芸術作品を制作していくようだ。これは興味深く、私は食い入るように見ていた。この作業工程は、分業体制になっていた。

皆さん熱心に作っています
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奥の作業台では、蝋人形に貼り付けるロウ製の装飾を作っていた。すでに形取られた金型があり、そこにロウを流し込む。ロウが固まったら枠から取り出す。そして余分なロウを取り除く作業だ。

私が興味津々に見学していると、作業をしている人が笑顔で「やっていきませんか」と声を掛けてくれた。聞けば飛び入りで手伝わせてくれるらしい。やはり田舎のタイ人はいい人が多い(涙)(T_T)。

バンコクで見知らぬタイ人から親しげに声を掛けられたら要注意だが、ウボンではそんな心配は全くない。みな善意の人と思ってよい。知人のウボン女性も一緒に椅子に座って、私たちは作業を手伝わせてもらった。

さあ私もロウソク細工作りに挑戦
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キリの先端のようなニードルを使って、キレイに余分なロウを取り除いていく。「こっちの方が簡単だよ」と易しい方のロウ細工を渡してくれた。やってみると結構面白くてハマってしまう。

昔、日本の縁日であった砂糖菓子の型抜きにそっくりで、私は懐かしくなってしまった。「のどが渇いたら冷たい水があるよ」と、ミネラルウォーターと果物のランブータンまでくれた。何ていい人たちだ。どうやら彼らはこの辺りの地元の人のようだ。

今は仕事そっちのけで、祭りの準備に大忙しといった感じ。地域の住民が協力して菩提寺のロウソク山車を製作しているらしい。ちょうど日本の町内会が、神社の神輿をみんなで作るのと同じ要領であろうと私は想像した。

こんな感じでロウを切り取っていきます
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我を忘れて、私たちは昼休みを過ぎて1時半頃までついつい熱中してしまった。タイの職場の昼休みも12時〜1時だが、日本と違って1時までに1秒たりとも遅れずに戻って来い、というものではない。

2時に戻ったところで「テメー今何時だと思ってんだ!」などと吠えるバカはいない。何とものんびりした職場だ。キ○ガイと鬱病患者が多い日本の会社と大違いだ。

帰りがけに入り口の受付のような所にタムブン(喜捨)ボックスがあった。知人が20Bを入れたので私も続いた。これで十分らしい。

上手く切り取れました
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もしこれがバンコクなら、「ろうそく祭り見学半日ツアー(ロウソク細工体験付き)1000B〜(送迎付)」などとビジネスライクになるのだろう。ところがウボンでは20Bで楽しい異文化体験が可能だ。

ウボンにはまだ古き良きタイのしきたりや笑顔が残っているように感じます。このおだやかさや優雅さは、いつまでも忘れずに残っていてほしいと私は思います。

ウボンのろうそく祭り当日だけ来て帰るのもいいですが、早めに来てこのように製作中のロウソク山車を見学するのも楽しいものです。

そして是非「ミーアライハイチュアイマイカップ(何かお手伝いできることはありますか)」とウボン人に声を掛けてみて下さい。きっと大歓迎されてロウソク細工作りを手伝わせてくれることでしょう。

作業場の受付
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どうかタムブン(喜捨)もお忘れなく。最低20B以上のお布施をすれば十分です。この日は昼下がりのウボンで、とても楽しくて貴重な異文化体験をすることができた。

長い昼休みを終え、私は知人が運転する車でオフィスに戻った。

追伸:またウボンを離れるため、残念ながら今年のろうそく祭りをウボンからレポートできません。雰囲気を感じ取りたい方は、当ブログの2007年7月版をご覧下さい。


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カーオムーデーンと世界経済
2008/07/02(Wed)
ナコーンパトム2
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久しぶりにウボンに帰ってきた。いつものように昼食の時間になると、今日はカーオムーデーン(焼き豚ご飯)とクイッティオ(米麺)の2グループに分かれて行くことになった。

日本のサラリーマンの場合、毎昼食に食べる物は違っても、一緒に食べる面子はいつも同じだ。昼食の派閥というものが完全に出来上がっている。

タイ人にも派閥らしきものはあるが、昼食時になると何を食べたいかによって着いて行くグループを決める。まず最初に誰かが「今日ワタシ××が食べたい」と言い出す。

店内
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そしてそれに同調する者が「じゃワタシも」となり、幾つかのグループに分かれて昼食に行くことになる。このプロセスは12時になるや、ほんの1分ほどで決まってしまう。

昼食を一緒に行く人で選ぶ日本人と、食べたい物で選ぶタイ人。タイ人の方が余計な人間関係に惑わされず、食欲の赴くまま素直に生きているように感じる。

私はカーオムーデーンが食べたかったので、こちらに着いて行くことにした。場所はジェーンサニット通り沿い。ウボン技術大学前のウッパリサン通りを入ったすぐ左側にある。

カーオムーデーン
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店名はナコーンパトム2。1軒目が繁盛したので、2軒目を出店したとのこと。昼時になると近くの勤め人や学生で店は賑わってきた。一口食べて確かにウマイ。こんがり焼いた香ばしいチャーシューをケチケチせずにテンコ盛りにしている。

チャーシューの他にタイ風のサラミも入っていて美味だ。甘辛の味付けと共に、中華料理のスパイス五香粉がよく効いている。店内を装飾する中国の書や観音像から判断して、店主は中国系かもしれない。

これで普通盛り30B(90円)。壁に掛けてあるメニューをよくご覧頂きたい。値段の所が新しく張り替えられている。つい先日までは、タマダー(普通盛り)が25Bで、ピセー(大盛り)が30Bだったそうだ。

ナコーンパトム2のメニュー
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昨今の世界中を取り巻く食糧価格の高騰が、こんなタイの田舎町にまで影響を及ぼしているのを知って驚いた。ウボンでも米とガソリン価格の高騰に人々は悲鳴を上げているという。1日3食とも外食することが多いタイ人にとって、レストランの値上げはさぞや懐に響くことだろう。

わずか5B(15円)の値上げだが、率にして何と20%。昨日まで600円のラーメンが、今日から720円になったら日本のサラリーマンも悲鳴を上げるだろう。「物価は上がっても月給は上がらずさ」とウボン人の知人がこぼしていた。

またウボン庶民の足であるバイクに関しても、ガソリン価格の高騰で自転車に乗る人が増えているという。タイ人が嫌う暑くて疲れるだけの自転車に乗り始めるとは、この物価高は相当深刻のようだ。

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一見何の変化も無いように見えるのどかなウボンの田舎経済。しかし世界経済の潮流から逃れることはできず、その影響がじわりじわりとウボン庶民の生活にまで浸透してきているのを実感した。

追伸:最近掲示板の荒らし行為が頻発するため、コメント欄を休止します。これまで心温まるコメントを下さった方々には心よりお礼申し上げます。

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ウボン美人との邂逅
2008/06/08(Sun)
Pub & Restaurant「ナムサイジャイジン」
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手っ取り早くウボン美人とご拝謁たまわりたければ、パブ形式のレストランにいるチアビアが良いでしょう。巨大スーパーBig Cの裏手にあるレストラン街は、チアビアの殿堂さながらで、あたかもチアビアの精鋭部隊かドリームチームが控えています。

タイの女性がどれほどキレイかは、日本に帰った時にまざまざと実感させられる。渋谷などを歩く日本の女は、一見すると浜崎あゆみ気取りの濃厚メークを施して街を闊歩する。しかしよく見れば、どうひいき目に見ても志村けんのバカ殿様だ。

タイの女性のすごいところは、すっぴんのノーメークであれだけの美貌を保っていることだ。それはそうだろう。この暑い国でアイシャドーやファンデーションを塗りたくった日には、すぐに汗で垂れ流しになってしまう。

また一日に何度もシャワーを浴びるので、その度に化粧を直していたら化粧品代もバカにならない。かくしてウボン美人は特別な行事でもない限り、いつもノーメークなのである。

バンドの生演奏が聞けます
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化粧というゴマカシが効かないだけに、“素の状態”から美しくあらねばならない。日本の女がゴマカシの美しさに精を出すのとは対照的に、タイの女性は肌の手入れや体型の維持、清潔さといった正攻法で美を追求しているように感じる。

タイの女性は好んでソムタム(パパイヤサラダ)を食べるが、実はソムタムは天然のダイエット食だと聞いたことがある。唐辛子には発汗作用があり、低カロリーでお通じにもいい。ニンニク臭があるが、食べ終わるとさりげなくガムを噛んでいる。

彼女たちにはマイクロダイエットや高額エステなど必要ないのだろう。また一年を通じて気温が30度を超える土地柄なのに、女子児童を除いてショートヘアーのウボン女性をあまり見かけないのも注目に値する。

ショートカットの方が涼しい上に、手入れも楽なのに決まっている。しかし肩から伸びるほどのロングヘアーの女の子が圧倒的に多い。これは「暑いからといって女の命をそう易々と切れるか!」という強い意識の表れではないだろうか。あっぱれと言う他ありません。

ナムサイジャイジンの店内
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前置きが長くなった。私は超可愛いチアビアが多いと評判の店「バーンナムサイジャイジン(誠心誠意の家)」に向かった。初めてこの店に来た時のことを今でも鮮明に覚えている。

チアビアのあまりのカワイさに私は頭がクラクラとなって茫然自失、膝はガクガク。持っていたビールのグラスを落としそうになり、体は椅子から転げ落ちそうになった。

これだけカワイイと変に卑猥な発想は出てこないものだ。ただお互いに眼を見て楽しく会話ができればそれで十分。日本では高校生の時以来、私は女の子に一目惚れなどをしたことはないが、ウボンでは毎日一目惚れしているような感じだ。

バンコクではタイ人の欧米崇拝の傾向を反映してか、歌手や女優の中には欧米の血が混じったサイボーグのような西洋顔の女が人気を博している。翻ってここウボンでは、日本で言うところの和風美人タイプの女性が美人の基準のようだ。

チアビアの脚線美
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肌は透き通るように白く長身で脚線美。髪は黒々としたストレートのロングヘアー。日本の女優で言えば、仲間由紀恵か新垣結衣といったところか。この手のタイプ、私は決して嫌いではない。と言うかメチャ好みのタイプだ。

ウボンではこのような女性がチアビアをしているのである。チアビアは純然たる素人女性のアルバイトですので、セクハラやお持ち帰りは厳禁です。あくまで紳士的にちょっかいをかけましょう。

私は別に超イケメンの二枚目男という訳ではない。チップをはずんでジャパンマネーをバラ撒いている訳でもない。私がビールを注文してチアビアが受け取るバックマージンも微々たる金額だろう。タイの飲食店が徹底した接客教育を行っているはずもない。

それなのに彼女たちの愛嬌や親しみやすさは一体どこから来るのだろう。こう考えるとタイの女性とは一体どういう人たちか、という究極の問いに行き着いてしまう。タイの男はもちろん、世界中の男が夢中になって心を奪われてしまうのも頷けるというものだ。

このプーちゃんの美貌、スタイル、黒髪を見て下さい
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この日はプー(カニ)ちゃんという女の子と知り合った。典型的な色白系ウボン美人だ。一目見てそのあまりのカワイさに、私は汗と涙・鼻水を必死でこらえながら話しをした。彼女もにこやかに対応してくれる。

若くてキレイな女の子と出会っただけで、今日まで生きてきて本当に良かったという思いになる。この子のためなら何でもしてあげる。思いを果たすことができたら、もう今日死んでもいい。男なんてそんな生き物さ。へッ。

聞けばプーちゃんは、ラジャパット大学の4年生だそうだ。卒業後の進路を聞くと、「まだ決めてない」とあっけらかんと答える。日本の大学4年生で、まだ就職先が決まってなければ顔は真っ青だ。

悲観的な学生なら、今ハヤリの硫化水素自殺を図るかもしれない。ところがタイの大学生は、もっと悠然と構えている。卒業後ものんびり就職活動を続け、入社後も他に良い仕事があればサッサと転職する。プーちゃんもそう考えているのかもしれない。

色白系ウボン美人のプーちゃん
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ウボンの女の子は、知り合うと簡単に携帯電話の番号やメールアドレスを教えてくれる。プーちゃんもオーダー票に書いて私に手渡した。

「コラコラ!知り合ったばかりのアヤしい日本人の男にそう気安く個人情報を教えるんじゃない!」という言葉をグッと飲み込んで、私はありがたくメモを頂戴した。

しかしながらカワイイ女の子からもらったこの種の機密情報は、私は全くと言ってよいほど活用していない。タイ語の初級者にとって、タイ語でメールを書くのはこの上なくシンドイ作業だ。苦労して送信しても、文字化けして読めなかったということもあった。

電話というのも骨が折れる。用件だけ伝えるのは簡単だが、女の子を口説いたり自分の気持ちをタイ語で見えない相手に伝えたりするのは、殊の外むつかしい。

キミのカワイさは犯罪だ!
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(↑これはピースサインだろうか、それともプー(カニ)だからカニバサミをしているのだろうか?)

電話で「オーケー、いついつどこどこで会おう」という用件を事務的に伝えたすぐ後に、「ポムラックン、タロートチーウィッ(一生キミを愛するよ)」などと言おうものなら、女の子は「この男はバカか?」と思って噴き出してしまうだろう。

タイの男なら女の子の携帯番号をゲットしたら最後、ストーカーまがいの猛烈アタックをしかけるだろう。しかし私はそんな訳でせっかく携帯番号を教えてもらっても、女の子に電話をすることはあまりない。

何しろ相手はタイの女だ。「この男は携帯番号を教えたのに、電話の一本もかけてきやしないわ、プンプン!」などという否定的な思考の持ち主ではない。きっと私に携帯番号を教えたことすら忘れているだろう。

丸文字が可愛いプーちゃんのメルアドと携帯番号
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またあせらずともウボンはとても小さい街なので、いつか必ず再会する時が来る。偶然に再会した時の方が話しも弾んで、デートの約束も取り付け易いだろう。

風の向くまま気の向くまま、人との出会いも時の流れに身を任せる方がウボン流だと私は思っている。

この日の夜も最高の気分で美味しいタイ料理とビールを味わうことができた。私は至福のひと時をウボンで過ごしている。

ウボンは現世の龍宮城か天国だ。私はいつものように酒気帯び運転で知人が走らせるバイクの後ろにまたがり家路へと向かった。

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カントリーパブ「バーンタギアン」
2008/03/17(Mon)
ウボンラチャタニ空港
ubon airport

信じられないことに、ウボンには街のド真ん中に空港がある。これもウボンという街がベトナム戦争中、アメリカの空軍基地として栄えたという歴史を鑑みれば自ずと理解できる。

街が発展するにつれて中心部にある空港は手狭になり、郊外へ移転するのが通例だ。羽田空港しかり、バンコクのドームアン空港や香港の啓徳飛行場もそうだ。

つまり街の中心部に空港があるという事実自体、ウボンが未だ経済発展から取り残された街であることに他ならない。

アメリカの空軍基地はタイ空軍基地に引き継がれ、ウボン空港と隣り合わせにして並んでいる。

ウボン空軍基地
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毎日、頭のすぐ上を戦闘機や旅客機が轟音をあげて飛び交う。これも慣れてしまえば何ということはない。中心部のチャヤーングン通りを歩いていて、ジャンプをすれば飛行機の機体にタッチできそうな感覚だ。

また旅客機は1日に定刻通りに4便しか来ないため、頭上をタイ航空やエアアジアが飛来するのを見て「おっ、もうそんな時間か」と時計代わりにもなる。全くのどかな田舎の風景だ。

一日に4便しかない空港で働く人たちは相当にヒマだろう。ウボン空港について、ある忘れられない光景がある。ある晩、私は知人と市内のレストランで酒を飲んでいた。

ちっぽけなウボン空港の管制塔
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彼はこの日、午後8時15分発の飛行機でバンコクに行くことになっていた。午後7時を回ったところで私はお開きを提案したが、彼は「マイペンライ、まだ大丈夫さ」と余裕の表情。

私の心配をよそに7時半になってもまだ赤い顔をして箸を動かしている。彼がようやく重い腰を挙げたのが離陸15分前。

我々は車を飛ばして一路空港に向かった。そしてチェックインを済ませて彼がゲートをくぐったのが、離陸3分前だった。

列車じゃあるまいし、離陸3分前に空港に行っても飛行機に乗れてしまうのがウボンの空港なのかと、私は開いた口が塞がらないほどの驚きを覚えた。これがウボンという街。

「バーンタギアン」の入口
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前置きが長くなった。ちっぽけなウボン空港の前を通り過ぎ、ウパリーサーン通りにあるカントリーパブに知人と行ってきた。店名は「バーンタギアン」。ランプの家という意味だろうか。

この店は以前に紹介した「Country Club」と同じコンセプトで西部劇風の店。タイポップスやフォークソングの生演奏を聞かせてくれるパブレストラン。入店すると平日だというのに満席で大混雑だった。

盛り上がりが最高潮に達するのが、イサン民謡のモーラムの曲がメドレーでかかった時だ。客席は総立ちになり、みな手をヒラヒラさせながら踊り狂っている。

店内は異様な興奮と熱気に包まれて、大いに盛り上がりを見せる。

ステージはこんな感じ
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このシチュエーションで一人座って酒を飲むのは、あまりに場違いで浮きまくってしまう。私も立って踊りに加わることにした。日本の諺を思い出した。♪踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ損損♪

この店の客層は、20代から40代までと幅広い。若者と中年が一緒に楽しめるコンセプトの店など日本には存在しない。

日本人は年齢が自分と1歳でも異なれば、年上をジジイ/ババア、年下をガキと呼んで交わることはない。

しょせん同じ穴のムジナとしか付き合えないのが日本人だ。踊っていると近くのテーブルにいる見知らぬタイ人から何度も乾杯を求められた。私も笑顔でグラスを重ね合わせる。

盛り上がってきました
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このようなことは、タイのナイトクラブでも珍しい。ここでは店内の客があたかもみな仲間であるかのような一体感を持っているようだ。この店が流行っている理由はここにあるのかもしれない。

あえてこの店の客の共通点を挙げるとすれば、みな金を持ってなさそうである。服装はジーンズにTシャツ姿が多い。一日の労働を終え、楽しみにしてやって来た感じだ。

セレブ気取りのタイ人なら「こんなダサい店行かない」となるのだろうが、タイの場末文化に興味のある者としては、最もタイ人らしいタイ人の姿を垣間見れるような気がして私は嫌いではない。

「バーンタギアン」
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彼らは毎晩こうした店で大騒ぎをすることによって一日の疲れを癒し、翌日の仕事への元気を養っているのだろう。彼らの笑顔とパワーの源は、こんなところにもあるのかもしれない。

これをその日暮らしと言ってしまえばそれまでだが、今日を精一杯楽しんで充実して生きている人たちという感じがする。

毎晩、夜遅くまでサービス残業をしている日本のサラリーマンが何だか哀れに思えてくる。かつては私もその一員だったのだ。果たしてどちらが幸せかと問われれば、躊躇なくタイ人に軍配を上げる。

この日の勘定は、年長者の男が全員分を払ってくれた。私はいつも財布を出すが、決して払わせてはくれない。こういう時は自分の主張を押し通さずに、ピー(兄さん)の顔を立ててご馳走になった方がよい。

店内は総立ち状態
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逆に言えば「日本人→金持ち→お前が全部払って当然」という発想は、一定の地位とプライドのあるタイ人からは出てこない。この発想で近づいてくるタイ人はよほど厚かましいか、タカリ目当てと思ってよい。

私にオゴってくれる人たちは、私が東京でいくらの月給をもらっていたかを薄々知っている。それでもあえて私に払わせないのだから、その心意気に敬意を表して相手の気持ちを素直に受け入れるべきだと思う。

店が閉店して帰ろうとすると、連れの一人が店内で彼の女友達に声を掛けられた。一目見て欧米人とのハーフだとわかった。ベトナム戦争に従軍した米兵との混血2世だろうか。

こうしてウボンの夜は更けていく
P8030966

彼女は金髪で青い目をしているのに、タイ語がペラペラで英語が全く話せないのでおかしくなってしまった。彼女たちはこれからパトゥムラットホテルにあるフェリセに行くようだった。

我々も誘われたが、次の日は朝から仕事なので丁重にお断りした。店の前からはバイクや車が次々に音を立てて発進していく。ある者は家路に着き、ある者は2軒目へと繰り出す。

ウボンはタイ東北端の田舎町にも関わらず、夜遊びする場所には本当に事欠かない。

こんな感じでウボンの夜は更け、ウボン人の楽しい一日が今日も過ぎていきます。

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メナムの残照
2008/01/31(Thu)
メナムの残照
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年末年始はずっと日本にいた。どこへも行かず一心不乱に小説を読んでいた。遅ればせながら、タイ文学不朽の名作「メナムの残照」(タイ名『クーカム』:運命の相手』)を読んでいた。

この小説はタイと関わる日本人にとって正に必読の書だ。日本ではタイに興味のある人を除いて全く無名の小説であるが、タイでは知らぬ人はいない。

タイを代表する作家トムヤンティ女史が1963年に発表。たちまち評判になり、3度のTVドラマ化と3度の映画化がなされている。ミュージカルとしても上演されている。

テレビで放映された時には街角から人影が消え、スリやひったくりが減るほどタイ人は家でテレビにかじりついて感涙にむせんでいたという逸話まで残るほどに有名な作品だ。

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舞台は第二次大戦中のタイ・バンコク。タイに進駐して来た日本軍将校小堀(コボリ)大尉とタイ人女性アンスマリンの時代に翻弄される悲運の愛を描いたラブストーリー。

私もタイ人から「あなたのナームサグン(苗字)はコボリですか?」などと聞かれたことがあるほど、小堀はタイで最も有名な日本人の名前である。

小説はフィクションであるが、時代背景は史実に基づいて忠実に描かれている。小堀は日本軍が所有する造船所の所長という設定であるが、実際に当時トンブリ地区に日本軍の造船所が存在したらしい。

タイには数万人の日本軍が進駐していた事実を考えれば、この小説のような日本軍人とタイ人女性とのラブストーリーは実際にあったかもしれない。

トムヤンティ女史は後に国王より最高文学賞を授与され、タイ女流作家協会会長、タイ王国上院議員まで歴任している。そんなタイ文学不朽の名作が「メナムの残照」なのである。

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さて、一気にこの小説を読み終えた私の読後感は、「こんな日本人の男がいる訳ねーだろ!!」というものだ。

タイに進駐して来た日本軍人の小堀に対して、当初アンスマリンは警戒感・不信感を抱いて露骨に彼を遠ざけようとする。しかし小堀はひたむきにアンスマリンに好意を寄せ、自分の胸の内を伝えようとする。

「いつもあなたのことを思っています。出来るだけ来ないように努めているのですが、辛抱できなくなります。」
「私は絶対にあなたの味方になります。」
「私は心からあなたを愛しています。」

読んでいるこちらが恥ずかしくて赤面するような台詞である。そしていつしかアンスマリンは次第に小堀に心を開いていく…。その後二人は永遠の愛を誓ってハッピーエンドで終わるのかと思われた。

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しかし事態は予想外の展開になり、最後は悲劇的な結末を迎える。これから読む人のために詳細を伝えるのは控えるが、何とも後味の悪い結末で私は暗澹たる思いになった。

メナムの残照を単なる恋愛読物として読んでも面白いが、タイという国およびタイ人を理解する上でも非常に示唆に富む作品である。タイ人は日本人をどう認識しているかを知る上でも助けになる。

この物語で巧みに描かれているのが「タイ人の二面性」だ。タイ人の二面性とは、顔ではこぼれんばかりのニコニコ笑顔を振りまきながら、腹の中ではしたたかにソロバンをはじく狡猾さである。

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戦後のみならず戦前においてもタイは親日的な国であった。国際連盟で満州国に関する日本の主張は42対1(棄権1)の圧倒的多数で否決され、日本は連盟を脱退して国際的孤立の道を歩む。

その際、日本の立場に配慮して棄権票を投じたのが当時のシャム王国(タイ)であった。この時タイはある野望を持っていた。タイが欧米列強の植民地にならなかったのは、日本のような富国強兵策を取ったからではない。

当時タイ領であったラオス、西カンボジア、北マレーシアを、フランスとイギリスに「これで勘弁して下さい」と割譲して危機を脱したのである。タイとしてはこの領土を何とかして取り戻したい。

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そこへ破竹の勢いでフランスとイギリスを撃破してインドシナ半島に進軍して来たのが日本軍だった。タイは日本と同盟条約を結んで日本にタイ国内の駐留を認める一方、フランスに割譲したかつての領土を取り戻すことに成功。

タイ政府は日本軍をタイ領内に駐留させる一方、タイ国内で「自由タイ」と呼ばれる抗日地下組織の活動を黙認した。表向き日本軍に協力を誓いながら、裏ではレジスタンス活動をしていたのである。

物語では主人公アンスマリンの父親は、タイ軍将校にして同時に自由タイの幹部という設定だ。表向き日タイ友好の証として自分の娘を小堀と結婚させようと画策する一方、抗日地下活動を指揮していたのである。

史実では日本の敗戦が決定するや、タイ政府は日タイ同盟を無理やり押し付けられたものと主張。ちゃっかり連合国側に寝返って敗戦国にならず見事に逃げ切った。いや〜誠にあっぱれな「タイ人の二面性」ですな。

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この種のしたたかさは、何も外交政策や小説に限った話ではない。卑近な例では、水商売のおネエちゃんにさんざん入れ上げた挙句、金の切れ目が縁の切れ目でケンモホロロに捨てられた日本の男性諸君は多いだろう。

上は政府高官から、下は水商売のおネエちゃんまで、タイ人はこうした二面性を持っているのである。タイが微笑みの国であることは本当だ。しかしタイ人が誰にでも笑顔で手を合わせる訳ではない。

タイ人がニコニコ笑顔で合掌する相手とは、ズバリ言って自分より権力がある人や金を持っている者なのである。タイ人の中には相手を目下と見るや、ニコリともせず横柄な態度を取る奴もいる。

だからといって私は「絶対タイ人を信用するな」と言っている訳ではない。こうしたタイ人の持つ二面性をよく理解した上で、タイ人と仲良く付き合っていきましょうと言っているのである。

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さて、これほどまでに国民的人気のあるメナムの残照のお蔭で、日本の男性は実像以上にタイの女性から好感を持たれ、過大評価されていると言っても過言ではない。

タイの女性の中にもメナムの残照に憧れて、「私はアンスマリン」「白馬に乗った日本人コボリが私を迎えに来てくれる」などとオメデタイ勘違いをしている人も多いだろう。国際結婚が多いのも頷ける。

しかし日本人外国人を問わず、小堀のような誠実で一途な愛を貫く男などそう多くいる訳がない。そこでメナムの残照に影響を受けて日本人と結婚したはよいが、「この人、ぜんぜんコボリじゃな〜い」ということになる。

こうした誤解や破局を招いているとしたら、メナムの残照とは何と罪作りな小説かと思う。いや、それは私の邪推というものだろうか。

カッコ良すぎるぞ!小堀!
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いずれにせよ、まだお読みになっていない方は是非一読をお勧めいたします。タイ人を理解するヒントになることと思います。

私が読んだ角川文庫版は400ページ近くあるものの抄訳版で、全訳版はもっと厚みがあるとのこと。更にメナムの残照には続編があり、戦後のアンスマリンについても描かれているそうです。

機会を見つけて続編を読むことを今から楽しみにしています。


追伸:ブログの更新をサボっている間に5万アクセスを突破してしまいました。誰が読んでいるんだろう?妻タイ者かな。読者がいる限り閉鎖せずにのんびり更新していこうと思っています。

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