トンロー日本人カラオケ SHE
2017/03/26(Sun)
トンロー日本人カラオケ SHE


先月、バンコクのトンロー・ソイ55にある日本人カラオケの「SHE(シー)」に駐在員の知人と行って来た。

ここは日本人駐在員御用達の高級店。

豪華な建物が一軒丸ごとカラオケになっている。

あまりの豪華さにタニヤのカラオケが何ともショボく見えてくる。

一人当たり1万円以上はかかるだろう。

実は今日は店の18周年記念パーティーが行われるという。

豪華な内装
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浮き沈みの激しいバンコクの水商売で、18年も続いているのは凄い。

うがった見方をすれば、よく18年も日本人男性をダマし続けて金を巻き上げてこれたものだ。

あっぱれと言いたい。

普通のカラオケ店は、小ホールや個室が中心の店構えだが、SHEは3階の個室群の他に2階にステージと観客席の大ホールあり、ちょっとしたコンサートも開かれる。

今日はこのステージで18周年記念イベントが開かれる。

雛段の女の子はバンコクトップレベル
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入店してまずは女の子のチョイス。

2階にある待機部屋の雛段に30人は座っていて壮観だ。

選んだら3階にある個室に入る。

管理人は好みの色白の子を選んだ。

こういう時はたいてい北部人になる。

彼女もチェンライ出身の23才だった。

更に突っ込んで聞くと、何と山岳民族のタイヤイ族だった。

いかにもというパターンだ。

小さい頃に家族でバンコクに移り住んだそうで、昼間はウェブの会社でOLをしているが、給料は1万バーツほどなのでここで働いているという。

カラオケの個室も豪華絢爛
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以前は近くのカラオケ店「雅(みやび)」にいたが、店が厳しいのでSHEに移ってきたと言う。

タニヤは連れ出しがメインで嫌なので、連れ出し不可のこの界隈にあるカラオケで働いていると言う。

いかにも金よこせ的な接客やトークもなく、静かに会話とカラオケを楽しめた。

日本語のカラオケは最新のマシンが入っているが、タイ語のカラオケを歌う時はパソコンを使った出力になる。

ジョニ黒と黒霧をボトルキープ
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そこでタイカラを歌う時は、全ての日本語の歌が終わるのを待ってから機器を切り替えなければならない。

どうも客がタイカラを歌うことを想定していないらしい。

2-3年で異動になるので、タイ語が話せない駐在員向けの店だからか。

管理人がタイカラを歌うと、想定外だったようで女の子たちは目を丸くして驚いていた。

やがて各個室に「パーティーが始まりました!」とお呼びがかかり、我々も女の子と2階の大ホールに降りて行った。

廊下までカップルで溢れている
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会場は日本人男とタイ女のカップルで立錐の余地もない。

ステージでは歌や踊り、コントなどが繰り広げられていた。

コントは全てタイ語。

管理人でも理解不能。客は99%日本人なのだが、、、

しかし日本人男が連れているタイ女がゲラゲラ笑い、キャーキャー騒いで盛り上がっているからこれでいいのかもしれない。

日本人のオッちゃん連中も女の子を脇に侍らせてご満悦の様子。

ピコ太郎登場!
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途中で変テコなピコ太郎が登場すると、会場にいる全員で♪This is a pen♪とPPAPを踊って大盛り上がりだ。

このような客も女の子も店のスタッフも一緒になって盛り上がる雰囲気を創るのが、タイという国は本当に上手い。

客に選ばれなかった女の子達が、雛段に座って手持ち無沙汰でこの盛り上がりに加われないのが可哀そう。

保守的な中高年の日本人男性は、各国の男性客が出入りする国際的な雰囲気の夜の店では落ち着いて飲めないらしい。

2階大ホールのステージ
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そこでこうした日本人男性客オンリーのカラオケ店が、アジアの都市を中心に多く存在する。

昼間、会社で口を開けば「我が社もグローバルに展開しなければならない」などと言っておきながら、夜になると島国根性丸出しの閉鎖的・排他的な習性が出るのが面白い。

こうした市場のニーズをがっちり掴んで儲けているのがこの種の店。

支払いは当然自分の財布ではなく、会社の経費だから値段など知ったこっちゃない。

この種の店が儲かる訳だ。

セクシーダンス!!
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管理人には経費使い放題の特権も無く、今日はただ接待を受けただけの立場。

バンコク駐在員様を羨ましくも思うが、飲み食いも女遊びも身銭を切った方が感慨もひとしおと思うのは単に負け惜しみか。

一通りのステージが終わると、メインイベントはいかにも即物・享楽的なタイらしく、何とビンゴゲームによる「現金つかみ取り」。

20バーツ、50バーツ紙幣が多いが、中には100バーツ、500バーツ、1000バーツも入っている。

タイ女はもう目の色が変わって大興奮状態だ。

マイクパフォーマンス(でもタイ語です)
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ビンゴの番号が読み上げられると、会場から歓声や溜息が漏れる。

見事ビンゴになるとステージに上がって現金をつかみ取る。

司会者から「オメデト~!」、「オナマエハ~!」とマイクを向けられると、日本人のオッちゃんたちは照れくさそうに「トシです」、「マサです」などと答えていた。

管理人と連れの女の子は、残念ながらビンゴにならなかった。

女の子ががっかりしているので、ビンゴ!と言って100バーツを恵んであげた。

さんざん飲んで歌って踊って興奮冷めやらぬうちに午前1時を回ったので、管理人一行は駐在員様の運転手付きアルファードに乗って帰った。

ビンゴで当たると現金つかみ取りだ!
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日本人男とタイ女のカップルだけが大集合した何とも異様な空間のSHE。

今夜は知らない人は外からは決して伺い知ることはできない、不夜城バンコクのハイソな迷宮に足を踏み入れることができた。

駐在員様のリッチな夜遊びを体験させてもらった。

この種の店ではゴージャスな非日常感を味わえるが、管理人的にはタイ地方都市の場末のカフェ-やタイ人が行くカラオケの方が好きかも。

日本を忘れて南国タイの異国情緒をまったりと楽しめます。

それなりに楽しめました!
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タイでは仕事中に寝ても問題ありません
2012/07/01(Sun)
タイでは仕事中に寝ても問題ありません
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タイでよく見かける光景です。

彼は休憩中ではありません。仕事中です。世界広しと言えど、寝て給料がもらえるのはタイくらいなもんでしょう。ああ、タイ人に生まれたかった。

「今からでも遅くはないぞ」「堅苦しい日本人なんか辞めてこっち来いよ」
と言っているようにも聞こえます。

彼を見習えば、日本人の仕事に対するストレスも減るでしょう。
こんなんでいいんです。もっと肩の力を抜いてゆる~く働きましょう。

では皆さんお休みなさいzzzzz


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カシット外相
2009/03/29(Sun)
カシット・ピロム外務大臣
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久しぶりに政治ネタをひとつ。アピシット内閣のカシット・ピロム外務大臣の問題発言が波紋を呼び、一向にタイの政局が収束する気配は無い。

何とこのオジサン、PAD(民主主義市民連合)によるスワンナプーム国際空港の占拠と閉鎖という未曾有の大混乱を「サヌックディー(メチャおもろかった)」、PADが反政府集会で提供した食事やコンサートは「イアム(最高~)」などと発言した。

これはもう麻生太郎もビックリの失言だ。こんな男を外務大臣に任命していいのか。実はこのオッサン、タイと関わる仕事をしていた日本人で、この男を知らなければモグリだ。

タイメディアも大きく報道
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何を隠そう、前駐日タイ王国特命全権大使であられたお方だ。私も何度か会って話をしたことがある。日本語は話せないが、米国ジョージタウン大学を出たとかで私とは英語で話した記憶がある。

私が会った感じでは、それほどフザけたオヤジという印象は全くない。むしろ非常に真面目で熱心な人という印象を持った。大使館に案内を送ると、都合のつく限りガシット大使が出て来られる。

都合がつかなければ、公使や参事官を出席させるという感じだ。日タイビジネスフォーラムの設立にも参画するなど精力的に活動した。任期を終えた後は駐米大使に栄転されたと聞き、私はすっかりその存在を忘れていた。

カシット大使の名刺
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それがいつの間にかタイに帰国するや、PADの反政府運動に積極的に関わっていた。PADでは主導的リーダーの一人となり、連日デモの先頭に立って派手にタクシンやソムチャイ政権を非難するアジ演説を繰り広げていた。

上記の問題発言は、この時に発した発言の一部だ。この功績が民主党から「殊勲甲」と認められ、アピシット内閣では外務大臣に就任。でもちょっと待て。この人ってタクシン政権時代に駐日大使に任命されたんじゃなかったのか。

駐日大使という重要なポストに就くにあたり、時のタクシン首相や与党(タイ愛国党)の後ろ盾があったろうことは想像に難くない。それがいつの間にか、激しく非難し合う関係になっていた。

プッ、大使のくせにHotmailなんか使ってる(笑)
P101039

いつものことながら、タイ人の変わり身の早さには驚愕する。タイ人は目先の利益のために昨日の友を今日の敵にし、今日の敵を明日の友にすると言ったら言い過ぎか。

PAD創設者のソンティ氏とタクシンも、元々は盟友でビジネスパートナーだったと伝えられている。それが利害の対立から、互いに国民を巻き込んで憎しみ合う関係にまで発展した。

タイ人の辞書に義理や謝恩といった言葉は無いようだ。「トープテーンブンクン(報恩)」というタイ語があるが、これは主に仏陀や両親に対して使うのが通例だ。

弁明するカシット外相
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友人同士の貸し借りなどは、翌朝ニワトリがコケコッコーと鳴いたら全てチャラになると私は思っている。私がタイ人にオゴられることも多々あるが、後日「先日は大変ご馳走になりました」などと礼を言う必要はない。

言わなくとも「アイツは御礼の挨拶もねぇ」などとケチなことを言うタイ人はいない。この辺はタイ人が太っ腹であるところだが、不安定な人間関係の一因にもなり得る。

外国人が不動産を所有できないタイで、不動産の名義をタイ人妻に書き換えるや否や、それまでのタイ人妻とその一族によるモミ手ゴマスリ態度が急変。ケンモホロロに家から追い出されて捨てられた可哀想な日本人お父ちゃんの例は枚挙にいとまがない。

タイラット紙
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人間関係を長期的視野や深謀遠慮で考えるタイ人は至って少ない。逆に言えば、タイ人と良好な関係を保つためには、常にタイ人の鼻先にニンジンをぶら下げておく必要があると言ったら冷め過ぎた見方か。

話が飛んだ。毎年5月に代々木公園で行われるタイフェスティバルがある。受付でタイ大使館から送られた招待状を出すと、3,000円分の商品券に換えてもらえる。3,000円もあれば、出店のタイ料理やシンハービールを腹一杯堪能できる。

タイという国は人をもてなすのが本当に上手いと思ったものだ。あくまで両者の利害が一致している場合に限るという条件付ではあるが…。

マスコミに取り囲まれるカシット外相
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さて、外務大臣の資質を厳しく問われているカシット外相は、連日タクシン派の野党プアタイ党や赤シャツ軍団のUDD(反独裁民主戦線)の集中砲火を浴びて今や人間サンドバック状態だ。

今月に入ってからも国会で不信任決議案にかけられ、かろうじて否決されて何とか首はつながった。それでも依然として辞任の圧力は重くのしかかっている。

いずれにせよ、カシット外相は親日家とは言わないまでも、駐日大使を長く務めた知日家であることは間違いない。このような人物が外務大臣であることは、タイと我が国との友好関係において非常に好ましい事だと私は思う。

Naewna紙
Naewna1

ここはひとつ踏ん張りどころだ。頑張れ!カシット外相!


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バンコクのチャイナタウン
2006/10/28(Sat)


自分が学生になった時すでにジュライホテルは廃業していた。この貧乏バックパッカーに愛された暗黒系監獄旅社の伝説は、クローン黒沢や小林紀晴の本を通してしか知らない。一度は泊まってみたかったが、今は写真の通り廃墟になっている。廃業の原因は、このホテルの経営上の問題かもしれないが、タイという国の経済成長と共に消え去る運命だったのかもしれない。

発展途上国から中進国へと脱皮を図るタイにとって、この種の後進性を象徴する「名所」は、消えて無くなってほしいのかもしれない。そしてタクシン政権によって、あれもダメこれもダメの健全社会、カネが全てで何でも金ピカ最新設備の社会が誕生してきた。この路線を突っ走るのかと思いきや、彼がクーデターで「国外追放」になったのは面白い。クーデターによってタイの人々は伝統的タイ社会への懐古傾向にあり、成長は一時ストップすると言われている。

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一人孤軍奮闘を続けてきた楽宮旅社もついに廃業に追い込まれてしまった。数々の伝説を生み出してきたこの宿も、ご覧の通りシャッターが閉まり、今は見る影も無い。タイの紀伊国屋書店で、復刻版の谷恒生「バンコク楽宮ホテル」を買って読んだ。この小説で1980年代の魔都と呼ぶに相応しい中華街や、当時の日本人貧乏旅行者の様子までよくわかって面白い。現在のタイと比べると隔世の感がある。

ジュライホテルの全盛期は、日本のバブル期であろう。円高で日本人は、楽宮旅社からホテルのランクを格上げしてここへ移ってきたと聞く。ジュライの廃業と共に、堕落退廃系の日本人バックパッカーは、カオサンや遠くプノンペンへ移動して行った。さすがに今は麻薬で自暴自棄となる者は少ない。しかし「自分探し」という迷宮に陥り、日本で居場所が無いニートやフリーターのための避難場所を、カオサン等のアジアの安宿街が提供していると言われている。日本での引きこもりに対して、海外での引きこもりは「外こもり」と言うのだそうだ。
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そしてヤワラーの暗黒系旅社の“最後の砦”と言えば台北旅社であろう。別に金が無い訳ではないが、お化け屋敷に入る感覚で泊まってしまった。クーラー無しで250B。例えるならば、東京のホテルニューオータニに泊まれる外国人が、古き日本情緒を味わいたくて、浅草界隈の木賃宿に泊まるようなものか。本当にここだけタイの経済成長から取り残されている感じだ。宿のオヤジも暗黒街の怪しい臭いをプンプンさせている。付近にも化け物のような女性がウロウロしている。日本のドキュメンタリー番組でよく刑務所の中をリポートしている。台北旅社は、日本の刑務所以下の汚さだ。こんな所に金を払ってまで興味本位で泊まるのはお勧めできない。

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スワンナプーム空港開港
2006/09/28(Thu)
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スワンナプーム新国際空港が開港。その開港初日に利用することとなった。ドームアン空港の方がアジアっぽくって好きだったんだけどな。香港も啓徳飛行場の方が面白かった。着陸する時など、香港のネオンサインや民家の物干し竿ギリギリにランディングするものだから、墜落するようなスリルがあった。金ピカの新空港は面白さもへったくれもない。ここは一体どこの国?とさえ感じる。バンコクも然り。

ボケUAは朝の6時なんぞに離陸するものだから、4時には着いてないといけない。この間の悪さ。フアランポーン駅出て左手のレストラン街でビールを飲みながら時間をつぶす。警戒にあたる軍人や駅で寝る人等、深夜のフアランポーンも趣きがある。店員はラオスの兄ちゃんだった。シャトルバスが出るらしいが、当然この時間はない。タクシーで行く。英語でSuvarnabhumiと表記するが、「スバーナブミ」と言っても通じない。スワンナプームの方がタイ語に近い。駅から新空港まで280Bで行った。

ついに完成したか!と思いきや、よく見ると所々でまだ作業員が作業している。とりあえず客に見える所だけ先に突貫工事で済ませただけ。さすがはタイ。チェックインカウンターには日本人やマスコミも来ていた。お決まりのタイ人オネエちゃんを連れた学生風の男が前に並んでいた。

自分の番になると係員が「スミマセン」と言ってきた。おお~日本語でチェックインできるようになったのかと思いきや、ただ原稿を棒読みしているだけ。「シャンプーナド、エキタイハナニカモッテマスカ」。「No」と答えるとしまいには、スミマセンだけ日本語で後はずっとタイ式英語になってしまった。空港のハードは変わっても、タイ人の仕事の仕方は変わっていなかった。

乗ったUAは、新空港からの離陸一番機だとかで証明書をくれた(写真)。こんなものよこさずに、マイルをくれよと思うが、潰れかかった航空会社だから仕方ない。マイルが貯まったからといって、無料航空券の空席はなかなか予約が入らない。今回はわずかな滞在だったが、色々とタイの歴史に残る場面に立ち会うことができて有意義な訪タイだった。
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