ウボンの新年会
2007/01/27(Sat)
プーヤイバーン(村長)の家


知人に誘われてウボンの新年会というものに行ってきた。新年を祝って村単位で寺院にタムブン(寄進)するための資金集めを兼ねた会合というのが表向きの理由。

しかしそれにかこつけて真っ昼間から飲めや歌えやのドンチャン騒ぎをするというのが、ウボンの飲ん兵衛オヤジ連中の隠れた真の目的ではないだろうか。場所はウボン県のブンタリック郡まで車で行く。ここが知人の実家の村らしい。

ウボンラチャタニ市というのは小さな街だが、ウボンラチャタニ県というのは15,000平方キロもある。これは岩手県とほぼ同じ面積だ。ブンタリック郡はその南端。ラオス・カンボジアがすぐ側だ。

写真はプーヤイバーン(村長)の家にある祭壇。ここに行って村長に金を渡す。知人は1,000Bほど封筒に入れて渡していた。金額は個人によって異なるだろう。ちょうど日本のお祭りで「金壱萬円也」と神社に奉納するような感じだ。

ブンタリック郡の民家
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続いて近くの民家で食事をご馳走になる。着いたのは昼頃だったが、この場にいたオヤジ連中はすでにデキ上がっていて顔は真っ赤。

男連中は泥酔状態。女性陣がテキパキと料理を作ったりしてよく働く。そして子供達が配膳係りなどをしてお手伝いをしている。

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私はオバちゃん連中と床の間に座って昼食をとった。出てきた料理はおなじみのソムタム、ヤムムーヨー、パットッパックルアムミッ(野菜炒め)等。これをカオニャオで食べる。

ウボンで「ソムタム」と注文すれば、まず間違いなく茶色をしていてカニが入った「ソムタムラーオ」が出てくる。これが強烈な臭いで物凄く辛い。

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私はバンコクで主流の白色でピーナッツが入った甘口のソムタムが好きだ。これは「ソムタムタイ」と言って注文しないと出てこないし、ウボン人はあまり食べない。

そんな外国人の味覚を知ってか知らずか、タムラオにする?それともタムタイがいい?と聞かれた。こんな気配りができるのは、そうオカマちゃんであった。こんなウボンの辺境の地にもオカマはいた。

ブンタリック郡のオカマ氏
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繊細な神経の持ち主のオカマは、ファッション関係に多いが、調理師も少なくない。写真のオカマ氏もレストランを持っているとか。どうりで美味い訳だ。

余談だが、新宿2丁目の雑居ビルの一室にタイのオカマがやっているパカラン(珊瑚)という美味しいタイ料理屋があった。看板など出ていないが、本場の味付けと歌い放題のタイカラオケを求めてタイ人・日本人で混んでいた。

座敷豚
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ここブンタリック郡でそんなことを思い出しながら、腹一杯おいしいタイの手料理をご馳走になって至極満足であった。連れのオバちゃんたちも「イムレーオ!(お腹一杯)」と叫ぶや否や床の間のゴロンと横になった(写真)。

そしてすやすやと言うかグーグーいびきをかいて寝ちまいやがった!さすがはタイですな。日本で人の家で料理をご馳走になって「腹一杯になったから寝かしてもらうわ」などと言うのは、失礼ではないもののかなりの“禁じ手”だ。

ところがタイでは全く問題無いようです。そんなこんなで、喰って飲んで寝てウボンの新年会は終わり家路へと向かいました。
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カーオムーデーンの店
2007/01/23(Tue)
カーオムーデーンの店


カーオムーデーンのおいしいお店に連れて行ってもらいました。場所はトゥンシームアンのすぐ隣です。

トゥンシームアンを背にして立ち、地球の歩き方の地図に載っているウボンプラザを前方に眺めます。その交差点の右手にお店はあります。

ウボンプラザはUbon Plazaなどと書かれた看板は無く、タイ語の標記だけですので注意が必要です。

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この店はカーオムーデーンとクイティオの麺しかメニューがありません。日本でメニューが何十種類もある店はあまりおいしくなく、2~3種類だけで勝負している店の方が美味いのですが、それはここウボンでも同じです。

当然ながら英語などは全く通じません。というかタイ語のメニューすらありません。この手の店のメニューは壁に掛かっていることが多いです。このタイプの店がタイ人客で混雑していれば美味しい可能性が高いです。

逆に言えば英語や日本語のメニューのある店は、高くて味はイマイチのことが多いです。メニューがタイ語と英語(日本語)で併記されていれば問題ありませんが、英語(日本語)オンリーのメニューは注意が必要です。

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別にあるタイ語のメニューの方がずっと安かったりします。もっともこうしたセコイ店はバンコクやプーケット等のリゾート地に多いのですが、ここウボンでは聞いたことがありません。

私はレストランを眺めて欧米人がいれば入るのを控えることが多いです。有名な英語のガイドブック「ロンリープラネット」は地球の歩き方に比べれば情報量が多いのですが、ことレストラン情報となるとあまり当てにできません。

コンチネンタルブレックファースト、ハンバーガー、ピザ、パスタ等のいわゆる「ファラン飯」の店が多い。またこの手の店で働くタイ人はタイ人らしい微笑みを忘れてしまっている。

所詮、欧米人の味覚がスタンダードになっているから不味くて高い、などと言ったらLonely Planetに怒られるでしょうか。

来ましたカーオムーデーン

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チャーシューの歯ごたえと甘辛のタレがたまりません。ロースとヒレの部分が程良く混ざっています。肉汁が滴り落ちます。

パックチーも良く合います。これで25Bです。少量なので足りない方はピセー(大盛り)を注文しましょう。

ガオラオ(麺無しスープ)
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汁物としてガオラオも一緒に頼みました。これにクイッティオやバミーを入れて注文もできます。

豚や魚のルークチン(つみれ)や、モツ、レバーやすじ肉まで入っています。かなり濃厚なダシが効いてスープは最高の味です。刻み長ねぎや揚げニンニクが香りを引き立てています。これも25B。50Bでお腹一杯です。

この店は昼過ぎまで営業していて夜はやっていません。昼だけの営業や、朝しかやっていない店もウボンに多くあります。

このカーオムーデーンの店は、トゥンシームアン近辺にある格安ホテル群からも歩いて行けるので便利です。
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ウボンの精神病院
2007/01/19(Fri)
ウボンの精神病院


ウボンにある精神病院に行ってきました。といって当ブログ管理人がウボンの超極楽サバ~イ生活によってついに気がふれた訳ではありません。食事の差し入れに着いて行ってきました。場所はウボンCultural Centerの隣にあります。

最初「ここはローンパヤバーン(病院)××だよ」と言われたが、××の意味がわからない。私がきょとんとしていると、「ローンパヤバーンコンバー(馬鹿の病院)」と続けて説明し、これならタイ語初心者の私にもわかる。でも人前では決して言えませんね。

××のタイ語はロークプラサート。精神障害、ノイローゼと辞書に載っていました。こんな単語はタイ語初級者の私にはわかからない。

タイの精神病棟に潜入
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普通の病院と違って、病棟がフェンスの柵で囲まれています。患者が勝手に外へ出ないようにしてあるのだと思います。

そして患者はみな紫色の服を着ています。これも識別しやすいようにするためのものでしょう。でもこれって何か刑務所みたいだと思うのは私だけではないでしょう。

皆さん集まってきました
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ここは女性だけの病棟だそうです。隣の棟にも柵で仕切られた男性病棟があり、男性患者は水色の“囚人服”を着ています。

食事は屋外でこうして取るようです。テーブルで食べてもよいですし、芝生の上で食べてもよいようです。

まるで学校給食
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このようにして各人に昼食を配給します。安っぽいアルミのお盆が日本の学校給食のようにも見えますね。

皆同じ服を着ているので刑務所のようにも見えてしまいます。

今日のお昼は何かな
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彼女たちが食べているのはカノームジーンです。素麺のような白い麺にゲーンペッ(レッドカレー)をかけたものが主食。ハーブ野菜を沢山食べるのがタイらしいですね。身体にもいい。

当たり前の話ですが、タイの病院食は朝昼晩、365日タイ料理です。タイ料理が好きな日本人ならタイでゆっくり療養して病を治すというのも悪くありませんね。

いただきま~す
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とても喜んでもらいました。みんな美味しそうに食べています。彼女は少し英語が話せました。私が見た感じ、決してアブナイ人にはみんな見えませんでした。

ここにいる人達は、生まれつき遺伝(パントゥガン)で精神障害を持つ人もいますし、離婚や多額の借金(ニーシンマーク)で精神に異常をきたした人も多いそうです。知られざるタイ社会の一面を見た気がしました。

色々と説明を受けましたが、私のタイ語能力でやっとわかったのはこの程度。飲み会での与太話には何とかわかるようになってはきたものの、こうした学術系の話にはめっぽう弱い。もっと勉強が必要です。

タイ人の平均寿命は70歳位と以前タイ人から聞きました。意外と早死にですね。タイ人は日本人よりも若く見えますが、それは20~30歳代の頃の話ではないでしょうか。

中高年のタイ人は日本人よりずっと老けて見えるような気がします。タイ人の知人から「ウチの両親だよ」と紹介されると、どう見ても60代なのにまだ50代だったりします。

医療の技術や制度、健康維持に対する関心がまだ途上国並なのでしょう。その点すでに高齢化社会に突入している日本の年寄りの方が様々な恩恵に与って若く見えるのかもしれません。
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お粥屋「ダイヤモンド」
2007/01/11(Thu)
お粥屋「ダイヤモンド」


タイのどこにでもある何の変哲もないお粥屋です。場所はUparat通りからPhichitrangsan通りを西に入ってしばらくの所にあります。お粥屋とありますが、普通のレストランとしても利用できます。

こうした通りの奥でひっそりと頑張ってる店が案外当たりだったりします。この店も場所の悪さに関わらず客が入っています。直訳すればカーオトムが雑炊で、ジョークが中華粥でしょうか。

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タイ人はお粥を朝食べたりもしますが、夜食としても食べているようです。ちょうど日本人が飲み会の帰りがけに屋台系のラーメンを一杯食べて帰る感じでしょうか。夜遅くまで営業しています。

それにしてもお粥とダイヤモンドって一体何の関係があるんだ?ダイヤのように光輝く店であってほしいのか?タイ人の店名の付け方はどうもよくわからん。

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ヤムは辛味と酸味が絶妙です。トムヤムもまずまず。

この店のウリは右上のムートーッ(サイコロ状の揚げチャーシュー)かも。これは料理を注文してから出てくるまで待ちきれず、酒の肴が欲しい飲ん兵衛のためにあります。日本の居酒屋のお通しといった感じか。

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このように揚げチャーシューと揚げ魚が大量に出来上がってます。出来立てでなくてもとても美味しい。注文してから30秒ほどで出てきます。

やや硬めに揚げてあり、噛めば噛むほどに肉汁が出る。揚げ魚は日本でも定番ですね。これをギンギンに冷えたビールでいただきます。感動。もう何も要らない。今日死んでもいい。

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日本の飲ん兵衛オヤジが大好きなモツまでありました。日本もタイも酒飲みオヤジの好むものは一緒ですね。モツ焼きのお惣菜「こてっちゃん」にも似ています。

右にあるのはモーガラムという炒め物。パッカナーに似たコリコリ感が特徴です。味付けはパックブンファイデーン(空心菜)と一緒です。ニンニクと唐辛子が良く効いています。

象も常連客だった!
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食事をしていたら象までやって来ました。象もこの店の常連という訳ではありません。よくある象にえさをあげさせて金を取る商売人です。

私など「またか」と思いますが、連れのタイ人は嬉しそうに20B払ってえさをあげています。「タイ人はこんなの子供の頃から見飽きてるんじゃないの?」と考える私はまだ冷めた日本人なのか。彼の嬉々とした “サヌック精神”には見習わなければならない。

このショウバイの主な顧客は、外国人観光客ではなくタイ人かもしれない。

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そんな訳で「蒸しもの」系もあります。こうした店はタイの至るところでタイの酒飲み連中に愛されているのだと思います。
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コヨーテガールinウボン
2007/01/07(Sun)
コヨーテガール


タイに流行語大賞なるものがあれば、2006年の流行語の一つに「コヨーテガール」が入るにちがいない。

コヨーテガールとは、イベントやキャンペーンなどで露出度の高い超ミニのパンツやタンクトップでダンスを踊る女の子達のことである。初めは“踊るレースクイーン”のようなキャンペーンガールとして登場。

やがてコヨーテガールを置くディスコ、パブ、ナイトクラブなどがバンコクで大盛況となる。優れた美貌とスタイルに加えてダンスの上手さも要求される。女の子の間でもコヨーテガールをしているというのは、一種のステータスシンボルのようだ。

誤解の無いように言っておくと、コヨーテガールは決して商売女ではない。コヨーテガールの由来は、一説には2000年にヒットしたアメリカ映画「コヨーテアグリー」から来ているという学説もあるが詳細は不明。

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昨年コヨーテガールをテレビでご覧になられたシリキット王妃が秘書を通じて懸念を表明されたことで一気に社会問題化。政府が19歳以下のコヨーテガールを禁止するなどの規制に乗り出した。

まあどこの国にもある「最近の若い女には困ったもんだ」というあれですね。そんな話をタイ人としていると、何とウボンにもコヨーテガールがいる店があるという。タイでも若者文化の地方伝播というものは早いようだ。

早速連れて行くようその男に頼んだ。こうした頼みには万難を排して全面的に協力するのがタイの男というものだ。君らはイイ奴だ。

Pathumrat Hotel
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場所はChayangkun通りのPathumrat Hotelの敷地内にある。このホテルは1泊1,100Bほど。これでもウボンでは高級ホテルだ。

余談だがこのホテルにはロングビーチという有名なマッサージパーラーがある。カンボジアの内戦時代、あの反政府ゲリラのポルポト派幹部までが遊びに来ていたという由緒正しき(?) マッサージ店である。不肖私も僭越ながら後学のために参上仕った。果たしてその実態は?!

ドアを開けて5秒で閉めたくなる惨状だった。色黒のイサン熟女がオイデオイデをしている。ウボンの怪しいマッサージ店はどこもこんな感じのようだ。ソンと呼ばれるタイ人向けの置屋は、エイズの巣窟なので行ってはいけないとタイ人から言われた。

どうやらウボンにあるアッチ系の店は総崩れですな。そのテの店が好きな御仁は、ウボンに来るのは避けた方が賢明だ。

フェリセ
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同じホテルの敷地内にある店の名前はフェリセ。舞台に向かって小さなテーブルがいくつかあるよくあるショーパブ形式の店。違う点は、舞台が渡り廊下のように客席の方まで延びている。ハハーン、これはコヨーテガールを客席のすぐそばから見れるように設計してあるらしい。

客はかなり入っている。年代は様々。外国人は見当たらない。女性客もいる。しばらくは薄暗い店内にムード音楽が流れ、ゆっくりとビールを飲む。すると突然大音響のロックミュージックが店内に鳴り響き、照明もディスコ調に早変わりした!

キターーーーーーーー!コヨーテガール!
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これがコヨーテガールだ!スタイルもダンスも抜群。でもこれはゴーゴーバーにも似ている。これで日本の小学校の校庭にあるような垂直棒が舞台にあったら全くのゴーゴーバーだ。まあコヨーテガールにしてみたら、ゴーゴーガールと一緒にはされたくはないだろう。

そもそもコヨーテガールは純然たるシロウト女性で「お持ち帰り」は不可だ。容姿やダンステクニックもゴーゴーガールよりはずっと格が上。フェリセのコヨーテガールはバンコクのコヨーテには適わないものの、田舎臭いウボン女性とは明らかに一線を画している。

私がウボンのコヨーテガールで~す
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コヨーテガールは踊っていない時には客席に呼ぶこともできる。写真の彼女の方から「一緒に座っていい?」と聞いてきた。決して悪くはないですね。イモネエチャンなどと言ったら叱られます。

彼女たちと楽しくおしゃべりして、軽いスキンシップも全然OK。でもセクハラはいけません。チップは100Bもあげれば十分です。写真ではわからないかもしれませんが、隣に来ると物凄いフェロモンです。こんな至福の空間がウボンにあったとは。

続いて四谷怪談のお岩です
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このバーにはチアビアの子もいますし、オカマも働いています。キレイ系オカマもいますし、彼のようにお笑い系のオカマもいます。派手なリアクションで周りの客の笑いを取っています。

コヨーテあり、チアビアあり、オカマあり。何だか日本の地方の遊園地にある「珍獣館」のようですな。

チアビア(イメージ)
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容姿だけを見れば、コヨーテガールよりもチアビアの方に軍配が上がる。連れのタイ人がこの人日本人だよ、とチアビアに言うと「今度一緒に日本食レストランに連れてって」などと言ってきた。「どうせビールを売りつけるための営業トークだろう」と思って私は適当に聞き流していた。

すると卓上ティッシュに携帯の番号を書いて渡してきた。聞けばラチャパット大学の学生。こんな所でバイトしていいのかよ。チアビアにしてラジャパット大学の現役女子大生。これはウボンにおける女の子のヒエラルキーの中では三角形の上位に位置する。

携帯番号をゲットしたからといって次の日に「いつがいい?」などと電話してはいけない。時期を置いて再び入店し、「そういえばこの前、日本食レストランに行きたいって言ってたよね?」などと切り出すのがこちらでのスマートな誘い方。何でも超スローペースでいくのがウボン流。

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コヨーテガールのダンスが終わった後は、ステージに歌手が登場。客も歌手に合わせて「♪I need somebody love♪」などと一緒に歌ったりする。これだけさんざん楽しませてもらってビール1本100Bほどは決して高くない。

キレイな女の子にちょっかいをかけながら楽しく酒を飲むのなら、ウボンはお金もかかりませんし、女の子もバンコクに比べてスレていません。とても楽しい所です。
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ウボンの日本料理店
2007/01/03(Wed)
日本食レストラン「ハナダ」
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私は海外に行っても日本食などに恋しくはなりません。逆にタイ料理が美味すぎて、毎日嬉々として朝昼晩タイ料理を食べています。「またこれか」と飽きることは全く無く、今も未知のタイ料理に遭遇して感動しています。

そんな私でも正月くらいは和食が食べたくなった。幸い普段私を連れ回すタイ人連中は正月なので周りにいない。これは日本食レストランに行く絶好のチャンス。早速行ってきました。

ありました「ハナダ」発見!
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地球の歩き方にもLonely Planetにも日本食レストランの掲載はありません。日本語や英語の現地情報誌などもちろんウボンにはありません。そこで口コミを頼りに情報ネットワークで取材をすると、一軒の日本料理店があることがわかりました。名前は「ハナダ」。

場所はThanon Sri Narongという通りにある(上記の名詞参照)。Talaat Tonyangという市場の入り口付近です。日本料理店なのに日本語の看板や日の丸なども全く無い。これではタイ文字が読めない日本人は、ここが日本料理店であることすらわからない。きっとそんな日本人客など想定外なのであろう。さすがはウボンの日本料理店だ。

ハナダの店内
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竹の装飾と日の丸でかろうじて日本らしさを出してはいるがそれだけ。中年のタイ人のオバちゃんが経営者でした。私が珍客と見えて親しげに話しかけてくれた。

聞けばウボン大学の講師をしているという日本人が過去に来たくらいで、日本人は全く来ないという。そりゃそうだ。日本人自体がウボンにいないし、この付近も完全に地元民向けの市場通りだ。正にタイ人によるタイ人のための日本食レストランであった

板長はタイ人
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一通りの和食は揃っている。値段的には100B前後で済む料金。バンコクの日本食屋に比べたら安い。でもこの付近のタイ料理屋は一品20Bの世界。そんな環境で果たして経営が成り立っていけるのだろうか。板長はタイ人でした。

ハナダのメニュー
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ウボンの中心部で潰れた日本食レストランの跡を見たことがある。タイ人も日本料理は大好きで、ウボンでは日本ブランドもまだ健在だ。しかし高くてそう毎日など日本料理屋になど行ける訳がない。一品20Bのタイ料理屋に対抗して値を下げれば、高い日本食の食材ではコスト割れだ。

タイの日本食レストランの主な顧客は、タイ人富裕層と日本人客や欧米人客などだ。そのどれもがウボンでは極端に少ない。この辺の事情がウボンに日本食レストランがない理由ではないかと私は推測している。

アラスカサーモン巻き(120B)
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メニューでこれが一番高い料理です。見た目はまあ合格かな。味の方もまずまず。アラスカサーモンなどと言っているがかなり怪しい。正直にタイサーモンとか言ったらどうだ。何ヶ月かぶりの寿司はとても美味い。アラスカサーモン巻きの量がタイ人サイズなのでこれでは足りない。

余談だがアメリカにある日本食レストランの一品の量は、当然ながらアメ公サイズ。セットメニュー9ドルとかで、寿司+丼物+そばまで付いてきて「大食い選手権か?」と思ったことがある。

カツ丼(60B)
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続いてカツ丼も注文。カツ丼の味も悪くはない。肉を叩いて伸ばし、小麦粉や卵でコロモ付けをしているところなど修行の後が見てとれる。

総じてこの店の日本料理は、パーフェクトではないものの、十分合格点を付けてあげられるレベルです。少なくとも見よう見まねでデッチ上げたインチキ日本料理でないことは確かだ。たまにはちょっと贅沢をして和食を食べたい時などに使えます。

このHPを見て来たと言って上の名刺を持っていけば10%割引してくれるかもしれません。まだウボンには他にも「日本人が決して来ない日本食レストラン」が一つ二つあるそうですのでまたレポートしたいと思います。
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元旦のウボンにカラバオ現る!!
2007/01/02(Tue)
元旦のウボンにカラバオ現る!!


大晦日に引き続いて元旦の夜もトゥンシームアンに行ってきた。行ってみてビックリ。来ていたのは何とタイ歌謡界の大御所カラバオであった。カラバオが正月ライブをやっていた!

知らない人にムチャな例えで説明すれば、タイの矢沢永吉的存在であろう。どうして彼が元旦からウボンでライブをやっているんだ?!入場料は何と無料。トゥンシームアンに入るのに正月料金の20Bがかかるだけ。スーパースターの生ライブを舞台のかぶりつきから60円で見れていいの?

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会場は異様なほどに超盛り上がりまくっている。面白いのは観客の年齢層。9割は10代だ。皆20才には達していない。私一人で平均年齢を上げてしまった。カラバオのファンは20~30歳代が中心だが、こんな少年少女にまで熱狂的に支持されているとは。カラバオの名前は知っていたが、私は今まであまり関心が無かった。

しかしひょんなことから今日彼の生のライブを見て、なぜカラバオが20年以上もタイ歌謡界のスーパースターの地位を不動にしているかわかった気がした。

彼独特の甲高いダミ声がとにかく聞く人の胸に響きココロを打つのである。タイ語の歌詞がよくわからない私がそう感じるのだから、タイ人ならなおさら感動するのであろう。皆一緒になって大声で歌っている。カラバオが歌う歌詞はプレーンプアーチーウィット(生きるための歌)。とりわけイサン人の胸を打つのかもしれない。

日本にも来ました
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周りをみると感動を通りこして狂っているといった感じだ。人差し指を天高く突き上げるのが熱狂の仕方のようだ。ある者は上半身裸でTシャツをブンブン振り回している。知らない人が見れば麻薬中毒患者かフグを食べてアタった人みたいだ。

このカラバオファンの少年少女たちは、お世辞にもガラが良いとは言えない。まあウボンのチンピラ予備軍であろう。10代にして腕や上半身にデカイ刺青があり、タバコは吸うはビールをラッパ飲みするはして踊りまくっている。

ウボンのチンピラ達
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面白いのはカラバオ好きの“マジメ系”少年少女たちは、舞台間近のチンピラ集団からはやや後方でじっと聞き耳を立てている光景だ。ロープや柵がある訳でもないのに、チンピラ集団と3メートルほどの空間がぽっかりと空いている。

この空間の意味がわかった。連中はとにかく凶暴。ライブの最中に殴り合いの喧嘩をおっ始めて、ライブは一時中断。警官隊が警棒でブッ叩いて仲裁に入る。カラバオも舞台の上から「ジャイイエン!ジャイイエン!(落ち着け)」となだめる。全くしょうもない連中だ。日本の不良だって好きな歌手のライブでは大人しくしてるぞ。

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ウボンの治安が悪いというのもわかる気がする。周りを見るとそこらじゅう警官だらけで警察の護送車まで待機。乱闘騒ぎは予想済みのようだ。

更にシャレにならないのがテロ騒ぎ。ライブの最中にドカーンという轟音が鳴り響き、悲鳴を上げてみんな逃げ回る。すわっ爆弾テロか!と思いきや少量の火薬を使ったイタズラ爆弾らしい。大晦日から元旦にかけてバンコクの爆弾テロで何人も死んでいるんだから、時期が時期だけに全くシャレにならん。

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カラバオの何が人をここまで魅了するのか。単なる歌唱力以上の何かだ。カリスマ性でもあるし、オーラでもある。きっと美空ひばりやサザンオールスターズの生ライブもこうした歌唱力以上の物凄い何かが人を熱狂させるのであろう。私はまるでマインドコントロールにかかったように背筋に鳥肌が立つほどの感動を覚えた。

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特に彼が津波の犠牲者の鎮魂歌として作曲した「アンダマンの涙」は最高であった。インターネットの時代、様々なことがネットを通して疑似体験することができる。しかしやはり実際に生で経験しなければわからないことも沢山ある。

続いて登場したのが何とSek Loso。トレードマークの長髪とサングラスで参上。「14イークラング」を会場と大合唱して私は胸が熱くなった。この歌は大きくなってから素敵な女性と出会い、14歳の頃の淡い初恋の心のときめきを思い出すという詩だ。これはSek Losoの実体験を歌にしたのか。

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でもこの会場にいるのは、ほとんどが10代。今はまだ14歳の頃よもう一度とは思わない、というか早く成人したい年齢だ。だがあと何年かすればこの歌の意味がもっとよくわかるだろう。

逆に私はこの歌詞がムチャクチャよくわかる。オトナになっても10代の頃の純粋な心の輝きはまだ失っていないつもりだ。

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そういえばセック ロソもイサン(コラート)出身。1974年生まれ。幼い頃に出稼ぎ労働者の両親と共にバンコクへ。貧しい生活の中でやっと買ったギター1本でライブハウスを渡り歩き一躍スターダムへ。そのサクセスストーリーにウボンの若者も感じる所があるのだろう。

以上タイポップスに興味の無い人にはツマラン話で恐縮です。写真撮影は厳禁だったので画像はネットで集めました。以下に一枚隠し撮りした写真を掲載します

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サワッディッピーマイfromウボン
2007/01/01(Mon)
トゥンシームアン


ウボンラチャタニ市の中心はどこかと言えば、ウボン市政府の前に広がるトゥンシームアンという広場がそうです。重要な行事やイベントはここで開催される。例えるならばバンコクの王宮前広場のような場所です。年越しの行事や屋台なども出るので行ってみた。

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ただの縁日くらいにしか思っていなかったが、相当な規模だ。広さは野球場ほどもある。バンコクのチャットゥチャック公園かルンピニ公園にあるマーケットに等しい。

よくある金捨てゲーム
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チャットゥチャックやルンピニには物を売る店しかないが、ここには様々なゲームの屋台もある。よくあるゲームに当たって豪華景品をゲットしよう!とか言いつつ絶対ハズれるヤツだ。この子供ダマシの手口が妙に日本にそっくりなので苦笑しつつやってみた。

ダーツで風船を並べて6個割ったら100Pipersなどのスコッチを贈呈らしいが、渡されるダーツはたったの7本。つまり1本しか外せない。これでは相当なダーツ名人でないと無理ですな。まあ一回20Bだからいいか。

遊園地まであります
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遊園地までありました。一体いつの間に観覧車なんか作ったんだ?これは組み立て式でどこからか運んで来たんだろう。プラモデルじゃないんだからこんな観覧車には危なくて乗れません。多分どこかで死人も出ているでしょう。屋台の定番、レストラン街までできていました。

商売上手なタイ国軍
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驚くことに迷彩服の軍人までが屋台を出していました。その商売とは聞いてビックリ、シューティングギャラリーです。M16やコルトガバメントの実銃を100Bほどで撃たせてくれます。軍隊が装備品でこんなショウバイしていいのかよ!

その射撃場とは即席に土嚢を積み上げて的を作ったもの。弾がジャンジャン飛んでくるその的のすぐ後ろでパッタイやソーセージなどを売っているのである。いやはやこれには驚いた。その内死人が出るんじゃないの?と言いつつ私もしっかり撃ってきました。

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そして中央広場ではいよいよ2007年を迎えるセレモニーが行われています。カウントダウンはなく、公式なスピーチが続く感じでした。12時の到来と共に打ち上げ花火が高々に舞い上がる。今にして思えばこの時バンコクでは同時爆弾テロで血の雨が降っていたとは思いもよりませんでした。やはりド田舎は平和でのどかです。

2007年の幕開けをここウボンで迎えられたことに深い感慨を覚えます。2006年9月末にウボンに来てからはあっという間に時間が過ぎていきました。楽しいこと嬉しいこと興奮することばかりで、日本にいる時のような不愉快な思いなどここでは一度もありませんでした。

トゥンシームアンでビールをしこたま飲んですっかり酔っ払っていい気分で帰宅の途に着きました。帰る途中に通りで酒を飲んでいる人から「サワッディッピーマイ!」と声をかけられました。ウボンでは知らない人にも「明けましておめでとう」と声をかけるのか?それとも私が外国人顔だからか。

今年も超ローカルネタの話を書いていきたいと思います。楽しんでいただければ幸いです。
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