ウボンのワイルン(若者)たち
2007/06/21(Thu)
ホーナリガー(時計塔)


ウボンのトゥンシームアン周辺は、ウボン市政府やオフィスビルが立ち並んで言わばウボンにおける政治経済の中心地となっている。

それに対して若者の中心地はどこかと言えば、市の北西部に位置するホーナリガー(時計塔)の周辺であろう。

若者向けの店が多く、ウボンにおけるバンコクのサヤームスクウェアといった感じだ。

この付近にはラジャパット大学やウィッタヤーライテクニク(ウボン技術学校)もあって、辺り一帯は学生街の様相を呈している。

ウボンラチャタニ大学
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補足すれば秋篠宮殿下が名誉博士号を授与されたウボンラチャタニ大学は、市内から少し離れた県道のハイウェイ沿いにある。

不思議なことにタイでは優秀な学校ほど女子学生ばかりで男はあまりいない。タイの男はそれほどまでにアホなのか。

ウボン大もイサンではトップレベルの大学。私が会った印象では、いかにも容姿端麗、才色兼備といった感じの女子学生が多い。

当然、夜のバーやクラブなどで彼女たちと遭遇することはない。

優秀な大学は女子学生ばかり
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ウボン大学は、対外的にはメコン地域社会研究センター(Mekong Sub-region Social Research Center)が有名らしい。

イサンのどん詰まり、東北線の終着駅と言えども周辺のラオス、カンボジアから見ればウボンは大都会なのだ。

ラオスやカンボジアからの留学生もウボン大の進んだ(?) 学術研究を学びに来ている。

私も会ったことがあるが、カンボジア人でも一年ほどタイ語を学習すれば講義に着いて行けるそうである。

ラジャパット大学
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一方ラジャパット大学となると、雰囲気は日本の大学に似てくる。中には全く勉強せずに遊んでばかりいる学生も一部にはいる。

そういえばパトゥムラットホテルにあるクラブ「フェリセ」にいたチアビア嬢もラジャパット大の女子学生であった。

しかし大部分の学生は、日本に比べれば真面目で健全そのもの。バンコクの学生と比べてもアカ抜けない分、素朴でイイ子が多いような気がする。浅黒い肌のコが多いのが、いかにもイサンを思わせる。

彼女たちは学校帰りに制服姿でいつも仲良しグループと一緒にいる。屋台でルークチンや氷シェイクを買って食べながら、携帯電話やカワイイ小物を売る店を見て回るのが放課後の過ごし方らしい。

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田舎には大学が少ないので、バンコクにあるランカムヘーン大など比較的入りやすい大学に進学する者も私の周りには多い。

そして卒業後にUターン就職でウボンに戻って来るケースも目立つ。

その他の学校ではUbon Vocational Collage(ウボン職業学校)、ウィッタヤーライサーンパットチャーン(総合工芸学校)、ウィッタヤーライポリテク(ポリテクカレッジ)などがある。

余談だがこのポリテクカレッジは、市内の至る所に大きな看板を出している。そしてこの看板に出ている制服を着た女の子がムチャクチャ超カワイイ。

ウボン大の図書館
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私はこの看板を見る度に、果たしてこの子はここに通う本物の女子学生なのか、あるいはどこからかモデルの女を引っ張って来たのか気になって仕方がない。

学校名の言及は避けるが、ウボンでも「援助交際」の噂をチラホラ聞くこともあるのはバンコクや東京と一緒だ。

それでもこうした大学や各種学校を含めて、ウボンにおける高校卒業後の進学率は30%ほどであるとウボン人の知人から聞いた。

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大学に行きたかったが貧しくて行けなかったというケースも無論あるだろうが、むしろ「勉強なんてマイサヌック」というのが南国の熱帯に生きるワイルン(若者)の本音ではないだろうか。

まだここでは“学士様”の称号は健在で、エリートの証なのだ。タイでは大学出の若い社員が親ほど年齢が上の部下を使っていることなどよくある。

大学の卒業式ではシリントン王女等タイの王族から卒業証書が授与される。どこの家も家族に大学出がいれば、この時の写真を家宝のように床の間に飾っている。

日本でこんなことをやっているのは総理が来る防衛大学くらいだ。

SKショッピングセンター
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さて、ラジャパット大学の正門前には、「SK」というウボンのワイルンが集まるショッピングセンターがある。

これは手っ取り早く言えば、バンコクのマーブンクローンセンターを10分の1ほど小さくショボく、そしてダサくしたような所だ。

各階には1店舗が2~3坪ほどの携帯電話やギャル系の店が並ぶ。

そして最上階はお決まりのクーポン食堂やシネマコンプレックスというところまでマーブンクローンに似ている。

SKの店内
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週末ともなると立錐の余地もないほど大混雑する。平日の昼間でもワイルンで一杯だ。一体彼らは普段何の仕事をしているのか。学校には行っていないのだろうか。

ウボンをバンコクと見比べてすぐに気付くのは、子供や若者が異様に多いということだ。バンコクも今や少子化が進行しているが、ここウボンでは未だ貧乏人の子沢山といった家庭が一般的のようだ。

知人の実家に招待されると、こっちがピーでこっちがノーンと彼らの兄弟・姉妹をわんさか紹介される。

少子高齢化で年寄りばかりの日本と違って、ウボンでは町中が元気な子供や若者であふれていて活気があるという印象を受ける。

ムーン川の彼方にはキミたちの未来が…
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一方、日本の若者はといえば、格差社会による勝ち組と負け組への二極化が進行中。

ニートやフリーター、引きこもりやネットカフェ難民は、今や市民権を得て主流派になったというような印象だ。勉強もしないし働きもしない。遊びもしなければ友達もいない。

自分の部屋やネットカフェに引きこもってテレビやゲーム、インターネットやDVDといった仮想現実の世界に没頭し、生身の人間とは全くの没交渉というのが彼らの姿ではないだろうか。

それに対してウボンの若者は勉強しない、働かないといったところまでは日本の若者と同じだが、実によく遊ぶ。

仕事や金がなくとも仲間内でいつもワイワイ遊んだり酒を飲んだり、明け方まで街を徘徊したりと実に楽しそうだ。

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楽しく遊ぶだけならまだいい。実際は若さから溢れるパワー、有り余る元気、ほとばしる情熱を最大限に爆発させ、怖いもの知らずにやりたい放題。

前後の見境なく無謀に猪突猛進するのがウボンのワイルンの姿ではないだろうか。ウボンが東北のド田舎にしては治安が悪いと言われるのも彼らの「功績」である。

週末などは暴走族が道路を占拠してチキンレースのようなこともしている。暗い夜道の一人歩きはとても危険だと地元の人は私に注意する。

元旦にトゥンシームアンで行われたカラバオのコンサートでは、乱闘や爆弾騒ぎまで発生して多数の警官隊と護送車までが会場に待機していた。

ムーン川を見ながら制服姿でビールを飲むウボンの高校生
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彼(女)たちの情熱は、当然のことながら異性に対してもいかんなく発揮される。しかし燃えるような大恋愛ほど、熱したかと思えばあっけなくすぐに冷めてしまうのが世の常。

20代の前半までに結婚、出産、離婚、自殺未遂、無謀/飲酒運転による大事故や大怪我を経験したワイルンは私の周りにも大勢いる。

猛烈アタックの末にヤリ逃げというのは、タイの男が最も得意とする戦術だ。ニコニコと楽しそうに話すタイ人の女の子の手首に、ザックリとリストカットの痕があるのを二度ほど見たことがある。

日本人の自殺は若者で言えばいじめ、中高年なら経済的理由が原因で、失恋で自殺した日本人など聞いたことがない。

失恋で自ら命を絶つとは、タイの女の子は何てロマンチストなんだろう、などと感心している場合ではない。

ウボンのとあるバー
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いってみればウボンのワイルンは、ブレーキの付いていないレーシングカーのようなものだ。一度猛スピードで突っ走ると、壁に激突して大破するまで止まることを知らない。

それとは対照的に失敗することや傷つくことを極度に恐れるあまり、一歩も前へ進むことができないのが日本のワイルンではないだろうか。

小知恵がはたらくのか妙に打算的で、ゆがんだ劣等感と優越感が並立してちっぽけなプライドだけは一人前。

将来に対して取り越し苦労をするあまり悲観的・絶望的になってしまうのではないだろうか。

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ウボンのワイルンがあんなに明るいのは、損得勘定など度外視で自分の心や情熱のおもむくまま、捨て身のヤケッパチで前へとことん突っ走れるからではないだろうか。

そんなウボンのワイルンも、20代の後半にもなるとすっかり落ち着いて大人しくなってしまう。30近くにもなれば「ゲーレーオ(もう年だよ)」とポツリ自嘲気味にバーの片隅でつぶやいていたりする。

若さを浪費するような生き方をしていれば、青春はあっという間に終わりを告げてしまう。

そんな彼らだが、若さを完全燃焼し青春を全力疾走で駆け抜けた充実感、甘く切ない思い出は青春の1ページとしていつまでも心に残る。

傷つきながらも必死に前に進むのが、ワイルンの本当の姿ではないだろうか。

私は自分と同世代の日本の若者と見比べて、ウボンのワイルンは若くしていく度も修羅場をかいくぐってきた歴戦の猛者のようにたくましく輝いて見えた。

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それに対して「自分は何をしたらいいのかわからない」「何もすることがない」「自分探しだ」などと意味不明なことを30近くにもなってまだ言っているのが日本のワイルンではないだろうか。

ではウボンのワイルンは30前後になって落ち着くや、すっかり改心して堅気のマジメ人間に変身するかといえば、そうはならないのが彼らの愉快なところだ。

仕事は相変わらず超テキトーに5時にきっちりとやめる(終わらせる訳ではない)。そして職場でサンソムのボトルの封を切り、ネームを肴に酒盛りや砲丸転がしのバクチを始める。

酔いが回って気分が良くなったところでクラブにコヨーテガールをナンパしに行ったり、携帯電話に登録されている女の子を呼んだりする。

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「女房に股間をチョン切られるのが怖くてオンナ遊びができるか」といった彼らの豪胆ぶりにはあっぱれと言うほかない。これはもう“ウボンの懲りない面々”といった感じか。

そんな彼らとの付き合いには、日本人との付き合いでは味わったことのない気軽さや爽快感、南国特有の楽天・楽観的な人生観を感じざるを得ない。

いつまでもこの龍宮城かシャングリラ(理想郷)のようなウボンに居たいと思いますが、そろそろ『ウボンラチャタニに吹く風』も幕を下ろす時が来たような気が致します。
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タイの運転免許
2007/06/07(Thu)
Uparat通り


ウボン市内は交通の便がとても悪い。

バンコクにあれほど多く走っている路線バスなど走っていない。流しのタクシーやトゥクトゥクもめったに見かけないので捕まえるのは難しい。

公共の交通機関としては唯一ソンテウがあるくらいだ。これとて10分待って来れば早い方。そして夜は全く走っていない(制服を着たカワイイ子と向かい合ってソンテウに乗るのはドキドキして楽しいのですが…)。

自転車などという暑くて疲れるだけ乗り物は、例え経済的でもタイ人は乗らないようだ。いかにタイ人らしい気質だ。

こうなるとバイクか車を持っていなければ、ウボン市内の移動は完全にお手上げになってしまう。特に旅行者にとっては、不便なことこの上ない。

旅行者などめったに来ないから必要ないのであろうか。つまりそれだけウボンはド田舎であり、貧しいことの証左という気がする。

ウボン市内を走るソンテウ
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そんな訳だからウボン人のほぼ全員がバイクか車を持っているか、あるいはそんな経済的余裕が無い人でも免許証は持っているのが実情だ。

ウボンでは無免許・飲酒運転やバイクのノーヘル走行が広くまかり通るが、検問も時おり行われている。大きい声では言えないが、私もやったことがある。しかし捕まった時のことを考えるとリスクが大きい。

このようなウボンの交通事情から以前より「タイの運転免許を取りたい」と常々考えていた。しかも私は「国際運転免許証」などというシャレたものは日本から持って来ていない。

ネットで情報収集をすると、必要書類として日本大使館から「在留届出済証明」を取ってタイの陸運局に提出しなければならないらしい。

そしてこの証明を得るには、在留届を大使館に届け出ていることが前提となる。しかし私は日本大使館に在留届など出していない。いざという時に日本大使館に助けてもらおうとなどとこれっぽっちも考えていない。

トゥンシームアン
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バンコクの日本大使館まで行って届出済証明書を取得するには、往復で最低4日間は必要だ(申請の翌営業日発行)。書類不備で差し戻されたらもっとかかってしまう。

以前の私ならこれだけ聞いて「こりゃタイの免許を取るのはムリだ」と簡単にあきらめていただろう。しかし今の私にはバンコクの法律や規則が一律にタイ全土で厳格に適用されているはずがないと確信する妙な自信があった。

タイがそんなに“仕事キッチリ”の国ならば、とっくの昔にシンガポールのように発展している。とにかくウボンにある陸運局に行って聞いてみるしかない。

さっそく私は知人を運転手兼交渉人に任命。この男は私より年上だが、普段の飲み食い、夜遊びでは全て私が勘定を払っている。彼は快諾し、我々はビッグCの先にあるサムナガーンコンソンと呼ばれるウボンラチャタニ県陸運局に向かった。

サムナガーンコンソン(ウボンラチャタニ県陸運局)
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日本の運転免許試験場は警察の管轄だが、タイでは普通のお役所だった。さっそく窓口で聞いてみると、私の予想は的中して在留届を持って来いなどとは言われなかった。

その代わりにタイでの現住所と職業を証明する公的な書類が必要とのことだった。こういうアバウトな要求をされた方が対応しやすい。そんなものは知り合いのタイ人に作らせればすぐできる。

結局バンコクの日本大使館に行って、在留届出証明などをもらわなくともタイで運転免許が取れるのがわかった。この日はこれでおしまいにしてウボンの陸運局を後にした。

翌日に再び陸運局へ。タイは暑いからといって、改まった場でTシャツ・短パン・サンダル履きは避けた方が無難だ。私はラルフローレンの長袖シャツにトミーヒルフィガーのパンツと革靴で出かけた。

これで私もアヤしいタイ華僑の御曹司に変身。陸運局に行く前に病院に寄った。なぜかタイでは免許を取得するのに健康診断書が必要なのだ。この健康診断書の取得の仕方がいかにもタイらしい。

ウボン陸運局の内部
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病院の総合窓口で「運転免許のための健康診断書が欲しい」と言ってパスポートを見せて40Bを払う。するとものの3分ほどで私の名前が記載された健康診断書が出来上がって手渡された。

医師の診察など全く無し。もともとある書式に私の名前を印刷しただけ。これは40Bで健康診断書を“買った”ようなものだ。こんなことがまかり通るのがタイの病院。

そして再びサムナガーンコンソンへ。まず最初に3階で色盲の検査。色の名前をタイ語で言わなければならないが、日本と同じなのですぐに合格。続いて「反射神経」を測るためのテスト。

検査室に入ると小学生が図画工作で作ったようなボロい測定装置があった。緑色の裸電球が点灯するとアクセルのつもりらしい木のペダルを踏む。赤が点灯するとブレーキ役の木製ペダルを踏むだけ。

こんなのが反射神経を測るテストか?続いて選挙の投票箱のような木の箱に顔を埋める。前方と左右に豆電球が付いている。緑の豆電球が点灯すると「シーキアオ(緑)」、赤が点灯すると「シーデーン(赤)」などと試験官に告げるだけ。

私は思わず「オレをバカにしてんのか!」と言いたくなった。果たしてこんなテストで落ちる奴がいるのだろうか。まあタイ人のことだからいるかもしれん。

タイ語で聴く交通安全講習
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続いて広い教室で安全講習のような講義を1時間ほど聴く。タイ検4級の私にはタイ語の講義などチンプンカンプン。周りを見回すと一緒に聞いているタイ人受験者の反応が面白い。

もう完全に視線が宙を泳いでいる。聴く気が無いのがミエミエだ。中には机の上に両腕を折り曲げてその中に顔を埋めて熟睡している“大物”もいる。広い教室に講師の声と天井のファンの音が虚しく響く。

窓の外を見上げると強い太陽の日差しがまぶしく、鳥のさえずりがこだまする。ここにあるのは時が止まったような南国の時間と平和な静寂だけ。私の心は満ち足りた気分だった。

講義が終わると、タイ人は聴いてないくせにパラパラと頼りない拍手。午前の部はこれでおしまい。そして昼休みの休憩に入る。午後からは筆記試験と実技試験がある。

教室から出ると私は筆記試験の教室に行って試験官を見つけ、挨拶して自己紹介をした。相手は30歳代とおぼしき女性。男性の試験官に比べてとっつきにくいが、仲良くなれば力になってくれそうだ。

右手の教室で筆記試験が行われる
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私は満面に笑顔を浮かべて「お昼ご飯でも一緒にどうですか」と彼女を誘った。ここでタイに長く居る人はピンと来るかもしれない。そう、昼飯をオゴって便宜を図ってもらおうという訳だ。

こういう誘いにホイホイ付いて来るのがタイのカーラチャガン(お役人)というものだ。するとこの女、何と自分の部下の女二人まで一緒に連れて来やがった。いいでしょう、こうなったら誰でも何人でも大歓迎です。

彼女は建物の裏手にある職員用の大衆食堂に私を案内した。私の連れの男は用事ができたとかで帰ってしまったので、ここは私一人の踏ん張りどころ。

彼女はこんな所に免許を取りに来る日本人が相当珍しいようで、「ウボンに来てどの位になるのか」「ウボンで何をしているのか」「ウボンの印象はどうか」と根掘り葉掘り聞いてきた。

私はウボンがいかに素晴らしい所で気に入っているかを話した。4人でご飯や麺類、ソムタムやスープを注文しても全部で300Bほどだった。1,000Bほど賄賂を渡そうかと思っていたので、結果的に安く上がってしまった。

筆記試験はコンピューター試験だった
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食事を済ませて午後の筆記試験へ。驚くことにコンピューター試験で、日本語表記まであった。しかし問題を見るとかなり難しい。駐車禁止などの標識は日本と同じだが、スピード制限や積載重量などの法規は全く異なる。

私は彼女がどのように便宜を図ってくれるのか不安になった。まさか不合格の答案を合格に改ざんするなど無理だ。コンピューターだから記録が残ってしまう。私は心配になり彼女に視線を送った。

すると何のことはない。試験を受けている私の机の横に彼女が立つと、「それは合っている」とか「それは違う」などと教えてくれた。これには空いた口が塞がらない。こんなことがウボンではアリなのである。

周りの受験者はバカな日本人とは違うので「試験官が答えなんか教えていいのかよ!」などと騒ぎ立てるアホはいない。これでは落ちる方が難しい。私は余裕で合格した。

事前に試験勉強しないと難しかった
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彼女に別れを告げて次は実技試験。タイでは自分で車を試験場に持ち込んで試験を受ける。持っていない私は20Bを払って試験場の車を貸してもらう。教習コースは猫の額ほどの小ささ。

試験官は炎天下で試験を行っているため、早いところ合格させてとっとと仕事を終わりにしたいのが表情からありありとわかる。難しいのはバックからの車庫入れだけで、ポールを倒さない限りほとんどの人が合格していた。

そしてついに私は最終合格を果たした。免許証が出来上がると、私はまるで百点の答案を母親に見せる小学生のように彼女に見せに行った。彼女は「よかったねー」と一緒になって喜んでくれた。

さて帰ろうと思ったが、帰りの足がない。彼女に相談すると何と自分の車でBig C前にあるソンテウのターミナルまで送ってくれた。今回は何から何まで彼女に大変世話になった。

ここが実技試験場
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彼女は必ずしも私に飯をオゴってもらった“見返り”として親切にしてくれた訳ではないと思う。タイ人はそれほど打算的にギブ&テイクで動く人たちではないと今の私は考える。

むしろ一緒に食卓を囲んだことにより、赤の他人から一歩踏み込んでお互いが「サバーイ」になれる関係に近づいたことが一因ではないだろうか。お互いの「心の距離感」を上手くつないだことが功を奏したと思う。

タイの運転免許証はIDにもなり、色々と使い道がありそうだ。私はどう見ても10代には見えないのだが、以前パスポートを所持しておらずバンコクのクラブ「Route 66」に入れなかったことがある。

そんな訳でまた一つウボンの良さを実感し、ウボン人の親切に助けられた今回の免許取得劇であった。

私の運転免許証です
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