メナムの残照
2008/01/31(Thu)
メナムの残照
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年末年始はずっと日本にいた。どこへも行かず一心不乱に小説を読んでいた。遅ればせながら、タイ文学不朽の名作「メナムの残照」(タイ名『クーカム』:運命の相手』)を読んでいた。

この小説はタイと関わる日本人にとって正に必読の書だ。日本ではタイに興味のある人を除いて全く無名の小説であるが、タイでは知らぬ人はいない。

タイを代表する作家トムヤンティ女史が1963年に発表。たちまち評判になり、3度のTVドラマ化と3度の映画化がなされている。ミュージカルとしても上演されている。

テレビで放映された時には街角から人影が消え、スリやひったくりが減るほどタイ人は家でテレビにかじりついて感涙にむせんでいたという逸話まで残るほどに有名な作品だ。

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舞台は第二次大戦中のタイ・バンコク。タイに進駐して来た日本軍将校小堀(コボリ)大尉とタイ人女性アンスマリンの時代に翻弄される悲運の愛を描いたラブストーリー。

私もタイ人から「あなたのナームサグン(苗字)はコボリですか?」などと聞かれたことがあるほど、小堀はタイで最も有名な日本人の名前である。

小説はフィクションであるが、時代背景は史実に基づいて忠実に描かれている。小堀は日本軍が所有する造船所の所長という設定であるが、実際に当時トンブリ地区に日本軍の造船所が存在したらしい。

タイには数万人の日本軍が進駐していた事実を考えれば、この小説のような日本軍人とタイ人女性とのラブストーリーは実際にあったかもしれない。

トムヤンティ女史は後に国王より最高文学賞を授与され、タイ女流作家協会会長、タイ王国上院議員まで歴任している。そんなタイ文学不朽の名作が「メナムの残照」なのである。

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さて、一気にこの小説を読み終えた私の読後感は、「こんな日本人の男がいる訳ねーだろ!!」というものだ。

タイに進駐して来た日本軍人の小堀に対して、当初アンスマリンは警戒感・不信感を抱いて露骨に彼を遠ざけようとする。しかし小堀はひたむきにアンスマリンに好意を寄せ、自分の胸の内を伝えようとする。

「いつもあなたのことを思っています。出来るだけ来ないように努めているのですが、辛抱できなくなります。」
「私は絶対にあなたの味方になります。」
「私は心からあなたを愛しています。」

読んでいるこちらが恥ずかしくて赤面するような台詞である。そしていつしかアンスマリンは次第に小堀に心を開いていく…。その後二人は永遠の愛を誓ってハッピーエンドで終わるのかと思われた。

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しかし事態は予想外の展開になり、最後は悲劇的な結末を迎える。これから読む人のために詳細を伝えるのは控えるが、何とも後味の悪い結末で私は暗澹たる思いになった。

メナムの残照を単なる恋愛読物として読んでも面白いが、タイという国およびタイ人を理解する上でも非常に示唆に富む作品である。タイ人は日本人をどう認識しているかを知る上でも助けになる。

この物語で巧みに描かれているのが「タイ人の二面性」だ。タイ人の二面性とは、顔ではこぼれんばかりのニコニコ笑顔を振りまきながら、腹の中ではしたたかにソロバンをはじく狡猾さである。

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戦後のみならず戦前においてもタイは親日的な国であった。国際連盟で満州国に関する日本の主張は42対1(棄権1)の圧倒的多数で否決され、日本は連盟を脱退して国際的孤立の道を歩む。

その際、日本の立場に配慮して棄権票を投じたのが当時のシャム王国(タイ)であった。この時タイはある野望を持っていた。タイが欧米列強の植民地にならなかったのは、日本のような富国強兵策を取ったからではない。

当時タイ領であったラオス、西カンボジア、北マレーシアを、フランスとイギリスに「これで勘弁して下さい」と割譲して危機を脱したのである。タイとしてはこの領土を何とかして取り戻したい。

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そこへ破竹の勢いでフランスとイギリスを撃破してインドシナ半島に進軍して来たのが日本軍だった。タイは日本と同盟条約を結んで日本にタイ国内の駐留を認める一方、フランスに割譲したかつての領土を取り戻すことに成功。

タイ政府は日本軍をタイ領内に駐留させる一方、タイ国内で「自由タイ」と呼ばれる抗日地下組織の活動を黙認した。表向き日本軍に協力を誓いながら、裏ではレジスタンス活動をしていたのである。

物語では主人公アンスマリンの父親は、タイ軍将校にして同時に自由タイの幹部という設定だ。表向き日タイ友好の証として自分の娘を小堀と結婚させようと画策する一方、抗日地下活動を指揮していたのである。

史実では日本の敗戦が決定するや、タイ政府は日タイ同盟を無理やり押し付けられたものと主張。ちゃっかり連合国側に寝返って敗戦国にならず見事に逃げ切った。いや~誠にあっぱれな「タイ人の二面性」ですな。

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この種のしたたかさは、何も外交政策や小説に限った話ではない。卑近な例では、水商売のおネエちゃんにさんざん入れ上げた挙句、金の切れ目が縁の切れ目でケンモホロロに捨てられた日本の男性諸君は多いだろう。

上は政府高官から、下は水商売のおネエちゃんまで、タイ人はこうした二面性を持っているのである。タイが微笑みの国であることは本当だ。しかしタイ人が誰にでも笑顔で手を合わせる訳ではない。

タイ人がニコニコ笑顔で合掌する相手とは、ズバリ言って自分より権力がある人や金を持っている者なのである。タイ人の中には相手を目下と見るや、ニコリともせず横柄な態度を取る奴もいる。

だからといって私は「絶対タイ人を信用するな」と言っている訳ではない。こうしたタイ人の持つ二面性をよく理解した上で、タイ人と仲良く付き合っていきましょうと言っているのである。

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さて、これほどまでに国民的人気のあるメナムの残照のお蔭で、日本の男性は実像以上にタイの女性から好感を持たれ、過大評価されていると言っても過言ではない。

タイの女性の中にもメナムの残照に憧れて、「私はアンスマリン」「白馬に乗った日本人コボリが私を迎えに来てくれる」などとオメデタイ勘違いをしている人も多いだろう。国際結婚が多いのも頷ける。

しかし日本人外国人を問わず、小堀のような誠実で一途な愛を貫く男などそう多くいる訳がない。そこでメナムの残照に影響を受けて日本人と結婚したはよいが、「この人、ぜんぜんコボリじゃな~い」ということになる。

こうした誤解や破局を招いているとしたら、メナムの残照とは何と罪作りな小説かと思う。いや、それは私の邪推というものだろうか。

カッコ良すぎるぞ!小堀!
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いずれにせよ、まだお読みになっていない方は是非一読をお勧めいたします。タイ人を理解するヒントになることと思います。

私が読んだ角川文庫版は400ページ近くあるものの抄訳版で、全訳版はもっと厚みがあるとのこと。更にメナムの残照には続編があり、戦後のアンスマリンについても描かれているそうです。

機会を見つけて続編を読むことを今から楽しみにしています。


追伸:ブログの更新をサボっている間に5万アクセスを突破してしまいました。誰が読んでいるんだろう?妻タイ者かな。読者がいる限り閉鎖せずにのんびり更新していこうと思っています。

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