ウボンの赤シャツ、バイト代は日給2,000バーツ
2010/04/30(Fri)
棺に火を放つウボンの赤シャツ(4/25付グルンテープトゥラギット紙)
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4月25日、ウボンの赤シャツ集団及びウボン戦旗掲揚会は、ピチェット・ターブッダー氏(通称ウボン地域ラジオ局の“DJトイ”)を伴い、500台の車列、2,000人のデモ隊を動員してウボン市内をデモ行進し、政府と民主党への抗議活動に加わるよう市民に訴えた。

その後、赤シャツ集団は、ピブンマンサーハーン郡にあるイッサラ・ソムチャイ社会開発・人間安全保障大臣(民主党所属ウボン県選出下院議員)の自宅前に押しかけ、イッサラ・ソムチャイと書かれた棺を焼き払う抗議行動を行った。その時イッサラ氏は留守だった。

これはイッサラ氏が「赤シャツ集団は一日につき一人2,000バーツの現金をもらって集会に参加している」と発言したことに抗議するもの。周囲には700名の警官隊がデモ鎮圧用の装備で警戒に当たったが、暴動や破壊活動に発展することなく抗議は1時間半で終了した。

14時30分、続いて赤シャツ集団は、ワーリンチャムラープ郡にあるタイ仏教サンティアソーク派の祈祷宿泊施設を包囲した。PAD(民主主義市民連合)のジャムロン・シームアン少将はサンティアソーク派に属し、ここはウボンにおける黄色シャツ集団の活動拠点になっている。

赤シャツ集団は施設の前で政府とジャムロン少将を激しく罵る抗議活動を行った。これはジャムロン少将が軍隊を使って赤シャツの抗議集会を鎮圧するよう政府に圧力を加えていることに抗議したもの。赤シャツ集団は、瓶や爆竹・ロケット花火を施設に向かって投げ入れた。

赤シャツの武闘派「ウボン戦旗掲揚会」(本文とは関係ありません)
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赤シャツ集団は発酵した塩漬け魚や排泄物までも投げつけたため、現場にいた警官隊や記者が逃げ回る一幕もあった。幸い怪我人は出なかった。その後、彼らはジャムロン少将の棺を燃やし、その場にあった木造船にも火を放った。

続いて赤シャツ集団は施設にいたサンティアソーク派の7名がPADの警備要員だとして身柄を連行し、ピチェット氏か運営する地域ラジオ局「市民の声(シアンプラチャーチョン)」に監禁した。警官は何もせずただ見ているだけだった。

16時、赤シャツ集団はウボン県庁前に移動し、舞台を設置して政府批判の演説を行った。この時、黄色シャツの一団が集会に乱入し、現場は混乱に陥った。赤シャツはこれを追い払い、逃げた黄色シャツ6名はヨンサグワン百貨店の前で赤シャツに身柄を拘束された。

この黄色シャツ6名はウボン県庁前に連行されて尋問を受け、一人700バーツで赤シャツの集会を掻き乱すよう雇われたことを自供した。赤シャツ集団はこの妨害事件を警察に届け出る方針。一方、サンティアソーク派も船を燃やされて損害を受けたと警察に訴えることにしている。

(以上、現地の報道を管理人が抄訳して引用)

(管理人のコメント)

デモ隊から献血を受けた血液を何リットルも首相府にぶっかけたり、棺おけを燃やしたりとやることが下品ですな、赤シャツさん。挙句の果てに今度はウンコですか。汚いったらありゃしない。ウンコが飛び散る中を警官や記者が逃げ惑う姿を想像すると噴き出してしまいます。

赤シャツの集会に殴り込みをかけた黄色シャツがいたと聞いて、なんて度胸と勇気のある男たちかと思いきや、金で雇われていたとはガッカリだ。主義思想や大義名分で動くタイ人は至って少ない。水商売の女と同様、赤シャツも黄色シャツもしょせんはカネ、カネ、カネ。

赤シャツ集団が金で雇われているのは周知の事実だが、一日2,000B(6,000円)とは驚きだ。1-2年前に管理人が聞いた時には、500Bが相場だった。タイの法律で定められたウボン県の最低賃金は、2009年時点で日給160B(480円)だから、途方もない高給だとわかるだろう。

つまりそれだけタクシンは今回の3月から続くデモの人集めに必死ということだ。また仕事も金もない農民にとっては、千載一遇の現金獲得チャンス到来という訳。タクシン派政権が誕生した暁には、支払猶予令が出て借金が全てチャラになるとそそのかされてもいるらしい。

飲み食いと夜遊びで金が無い管理人も、いっちょ赤シャツの集会でアルバイトさせてもらおうかしらん。タクシン先生、ワシにもデモに参加してカネ儲けさせてもらえんやろか、ウヒャヒャ(笑)。

(注意)この話題は政治的に敏感なため、タイ人と話す時は相手がどちら側に属するかをよく見極めた上で話をするようお奨めします。

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